第四章 光る源氏の物語 雲林院参籠
3.
源氏、二条院に帰邸
本文 |
現代語訳 |
女君は、日ごろのほどに、ねびまさりたまへる心地して、いといたうしづまりたまひて、世の中いかがあらむと思へるけしきの、心苦しうあはれにおぼえたまへば、あいなき心のさまざま乱るるやしるからむ、「色変はる」とありしもらうたうおぼえて、常よりことに語らひきこえたまふ。 |
女君は、この数日間に、いっそう美しく成長なさった感じがして、とても落ち着いていらして、男君との仲が今後どうなって行くのだろうと思っている様子が、いじらしくお思いなさるので、困った心がさまざまに乱れているのがはっきりと目につくのだろうか、「色変わる」とあったのも、かわいらしく思われて、いつもよりも親密にお話し申し上げなさる。 |
山づとに持たせたまへりし紅葉、御前のに御覧じ比ぶれば、ことに染めましける露の心も見過ぐしがたう、おぼつかなさも、人悪るきまでおぼえたまへば、ただおほかたにて宮に参らせたまふ。命婦のもとに、 |
山の土産にお持たせになった紅葉、お庭先のと比べて御覧になると、格別に一段と染めてあった露の心やりも、そのままにはできにくく、久しいご無沙汰も体裁悪いまで思われなさるので、ただ普通の贈り物として、宮に差し上げなさる。命婦のもとに、 |
「入らせたまひにけるを、めづらしきこととうけたまはるに、宮の間の事、おぼつかなくなりはべりにければ、静心なく思ひたまへながら、行ひもつとめむなど、思ひ立ちはべりし日数を、心ならずやとてなむ、日ごろになりはべりにける。紅葉は、一人見はべるに、錦暗う思ひたまふればなむ。折よくて御覧ぜさせたまへ」 |
「参内あそばしたのを、珍しい事とお聞きいたしましたが、東宮との間の事、ご無沙汰いたしておりましたので、気がかりに存じながらも、仏道修行を致そうなどと、計画しておりました日数を、不本意なことになってはと、何日にもなってしまいました。紅葉は、独りで見ていますと、せっかくの美しさも残念に思われましたので。よい折に御覧下さいませ」 |
などあり。 げに、いみじき枝どもなれば、御目とまるに、例の、いささかなるものありけり。人びと見たてまつるに、御顔の色も移ろひて、 「なほ、かかる心の絶えたまはぬこそ、いと疎ましけれ。あたら思ひやり深うものしたまふ人の、ゆくりなく、かうやうなること、折々混ぜたまふを、人もあやしと見るらむかし」 と、心づきなく思されて、瓶に挿させて、廂の柱のもとにおしやらせたまひつ。 |
などとある。 なるほど、立派な枝ぶりなので、お目も惹きつけられると、いつものように、ちょっとした文が結んであるのだった。女房たちが拝見しているので、お顔の色も変わって、 「依然として、このようなお心がお止みにならないのが、ほんとうに嫌なこと。惜しいことに思慮深くいらっしゃる方が、考えもなく、このようなこと、時々お加えなさるのを、女房たちもきっと変だと思うであろう」 と、気に食わなく思われなさって、瓶に挿させて、廂の柱のもとに押しやらせなさった。 |