第七章 朧月夜の物語 村雨の紛れの密会露見
2.
右大臣、源氏追放を画策する
本文 |
現代語訳 |
大臣は、思ひのままに、籠めたるところおはせぬ本性に、いとど老いの御ひがみさへ添ひたまふに、これは何ごとにかはとどこほりたまはむ。ゆくゆくと、宮にも愁へきこえたまふ。 |
大臣は、思ったままに、胸に納めて置くことのできない性格の上に、ますます老寄の僻みまでお加わりになっていたので、これはどうしてためらったりなさろうか。ずけずけと、宮にも訴え申し上げなさる。 |
「かうかうのことなむはべる。この畳紙は、右大将の御手なり。昔も、心宥されでありそめにけることなれど、人柄によろづの罪を宥して、さても見むと、言ひはべりし折は、心もとどめず、めざましげにもてなされにしかば、やすからず思ひたまへしかど、さるべきにこそはとて、世に穢れたりとも、思し捨つまじきを頼みにて、かく本意のごとくたてまつりながら、なほ、その憚りありて、うけばりたる女御なども言はせたまはぬをだに、飽かず口惜しう思ひたまふるに、また、かかることさへはべりければ、さらにいと心憂くなむ思ひなりはべりぬる。男の例とはいひながら、大将もいとけしからぬ御心なりけり。斎院をもなほ聞こえ犯しつつ、忍びに御文通はしなどして、けしきあることなど、人の語りはべりしをも、世のためのみにもあらず、我がためもよかるまじきことなれば、よもさる思ひやりなきわざ、し出でられじとなむ、時の有職と天の下をなびかしたまへるさま、ことなめれば、大将の御心を、疑ひはべらざりつる」 |
「これこれしかじかのことがございました。この懐紙は、右大将のご筆跡である。以前にも、許しを受けないで始まった仲であるが、人品の良さに免じていろいろ我慢して、それでは婿殿にしようかと、言いました時は、心にも止めず、失敬な態度をお取りになったので、不愉快に存じましたが、前世からの宿縁なのかと思って、決して清らかでなくなったからといっても、お見捨てになるまいことを信頼して、このように当初どおり差し上げながら、やはり、その遠慮があって、晴れ晴れしい女御などともお呼ばせになれませんでしたことさえ、物足りなく残念に存じておりましたのに、再び、このような事までがございましたのでは、改めてたいそう情けない気持ちになってしまいました。男の習性とは言いながら、大将もまことにけしからんご性癖であるよ。斎院にもやはり手を出し手を出ししては、こっそりとお手紙のやりとりなどをして、怪しい様子だなどと、人が話しましたのも、国家のためばかりでなく、自分にとっても決して良いことではないので、まさかそのような思慮分別のないことは、し出かさないだろうと、当代の知識人として、天下を風靡していらっしゃる様子、格別のようなので、大将のお心を、疑ってもみなかった」 |
などのたまふに、宮は、いとどしき御心なれば、いとものしき御けしきにて、 |
などとおっしゃると、宮は、さらにきついご気性なので、とてもお怒りの態度で、 |
「帝と聞こゆれど、昔より皆人思ひ落としきこえて、致仕の大臣も、またなくかしづく一つ女を、兄の坊にておはするにはたてまつらで、弟の源氏にて、いときなきが元服の副臥にとり分き、また、この君をも宮仕へにと心ざしてはべりしに、をこがましかりしありさまなりしを、誰れも誰れもあやしとやは思したりし。皆、かの御方にこそ御心寄せはべるめりしを、その本意違ふさまにてこそは、かくてもさぶらひたまふめれど、いとほしさに、いかでさる方にても、人に劣らぬさまにもてなしきこえむ、さばかりねたげなりし人の見るところもあり、などこそは思ひはべりつれど、忍びて我が心の入る方に、なびきたまふにこそははべらめ。斎院の御ことは、ましてさもあらむ。何ごとにつけても、朝廷の御方にうしろやすからず見ゆるは、春宮の御世、心寄せ殊なる人なれば、ことわりになむあめる」 |
「帝と申し上げるが、昔からどの人も軽んじお思い申し上げて、致仕の大臣も、またとなく大切に育てている一人娘を、兄で東宮でいっしゃる方には差し上げないで、弟で源氏で、まだ幼い者の元服の時の添臥に取り立てて、また、この君を宮仕えにという心づもりでいましたところを、きまりの悪い様子になったのを、誰もが皆、不都合であるとはお思いになったでしょうか。皆が、あのお方にお味方していたようなのを、その当てが外れたことになって、こうして出仕していらっしゃるようだが、気の毒で、何とかそのような宮仕えであっても、他の人に負けないようにして差し上げよう、あれほど憎らしかった人の手前もあるし、などと思っておりましたが、こっそりと自分の気に入った方に、心を寄せていらっしゃるのでしょう。斎院のお噂は、ますますもってそうなのでしょうよ。どのようなことにつけても、帝にとって安心できないように見えるのは、東宮の御治世を、格別期待している人なので、もっともなことでしょう」 |
と、すくすくしうのたまひ続くるに、さすがにいとほしう、「など、聞こえつることぞ」と、思さるれば、 「さはれ、しばし、このこと漏らしはべらじ。内裏にも奏せさせたまふな。かくのごと、罪はべりとも、思し捨つまじきを頼みにて、あまえてはべるなるべし。うちうちに制しのたまはむに、聞きはべらずは、その罪に、ただみづから当たりはべらむ」 など、聞こえ直したまへど、ことに御けしきも直らず。 「かく、一所におはして隙もなきに、つつむところなく、さて入りものせらるらむは、ことさらに軽め弄ぜらるるにこそは」と思しなすに、いとどいみじうめざましく、「このついでに、さるべきことども構へ出でむに、よきたよりなり」と、思しめぐらすべし。 |
と、容赦なくおっしゃり続けるので、そうはいうものの聞き苦しく、「どうして、申し上げてしまったのか」と、思わずにいられないので、 「まあ仕方ない。暫くの間、この話を漏らすまい。帝にも奏上あそばすな。このように、罪がありましても、お捨てにならないのを頼りにして、いい気になっているのでしょう。内々にお諌めなさっても、聞きませんでしたら、その責めは、ひとえにこのわたしが負いましょう」 などと、お取りなし申されるが、別にご機嫌も直らない。 「このように、同じ邸にいらして隙間もないのに、遠慮会釈もなく、あのように忍び込んで来られるというのは、わざと軽蔑し愚弄しておられるのだ」とお思いになると、ますますひどく腹立たしくて、「この機会に、しかるべき事件を企てるのには、よいきっかけだ」と、いろいろとお考えめぐらすようである。 |