第三章 光る源氏の物語 須磨の秋の物語
2.
配所の月を眺める
本文 |
現代語訳 |
月のいとはなやかにさし出でたるに、「今宵は十五夜なりけり」と思し出でて、殿上の御遊び恋しく、「所々眺めたまふらむかし」と思ひやりたまふにつけても、月の顔のみまもられたまふ。 |
月がとても明るく出たので、「今夜は十五夜であったのだ」とお思い出しになって、殿上の御遊が恋しく思われ、「あちこち方で物思いにふけっていらっしゃるであろう」とご想像なさるにつけても、月の顔ばかりがじっと見守られてしまう。 |
「二千里外故人心」 と誦じたまへる、例の涙もとどめられず。入道の宮の、「霧や隔つる」とのたまはせしほど、言はむ方なく恋しく、折々のこと思ひ出でたまふに、よよと、泣かれたまふ。 「夜更けはべりぬ」 と聞こゆれど、なほ入りたまはず。 |
「二千里の外故人の心」 と朗誦なさると、いつものように涙がとめどなく込み上げる。入道の宮が、「九重には霧が隔てているのか」とお詠みになった折、何とも言いようもがなく恋しく、折々のことをお思い出しになると、よよと、泣かずにはいらっしゃれない。 「夜も更けてしまいました」 と申し上げたが、なおも部屋にお入りにならない。 |
「見るほどぞしばし慰むめぐりあはむ 月の都は遥かなれども」 |
「見ている間は暫くの間だが心慰められる、また廻り逢える 月の都は、遥か遠くであるが」 |
その夜、主上のいとなつかしう昔物語などしたまひし御さまの、院に似たてまつりたまへりしも、恋しく思ひ出できこえたまひて、 「恩賜の御衣は今此に在り」 と誦じつつ入りたまひぬ。御衣はまことに身を放たず、かたはらに置きたまへり。 |
その夜、主上がとても親しく昔話などをなさった時の御様子、故院にお似申していらしたのも、恋しく思い出し申し上げなさって、 「恩賜の御衣は今此に在る」 と朗誦なさりながらお入りになった。御衣は本当に肌身離さず、側にお置きになっていた。 |
「憂しとのみひとへにものは思ほえで 左右にも濡るる袖かな」 |
「辛いとばかり一途に思うこともできず 恋しさと辛さとの両方に濡れるわが袖よ」 |