第三章 光る源氏の物語 須磨の秋の物語
3.
筑紫五節と和歌贈答
本文 |
現代語訳 |
そのころ、大弐は上りける。いかめしく類広く、娘がちにて所狭かりければ、北の方は舟にて上る。浦づたひに逍遥しつつ来るに、他よりもおもしろきわたりなれば、心とまるに、「大将かくておはす」と聞けば、あいなう、好いたる若き娘たちは、舟の内さへ恥づかしう、心懸想せらる。まして、五節の君は、綱手引き過ぐるも口惜しきに、琴の声、風につきて遥かに聞こゆるに、所のさま、人の御ほど、物の音の心細さ、取り集め、心ある限りみな泣きにけり。 |
その頃、大弍は上京した。ものものしいほど一族が多く、娘たちもおおぜいで大変だったので、北の方は舟で上京する。浦伝いに風景を見ながら来たところ、他の場所よりも美しい辺りなので、心惹かれていると、「大将が退居していらっしゃる」と聞くと、関係のないことなのに、色めいた若い娘たちは、舟の中にいてさえ気になって、改まった気持ちにならずにはいられない。まして、五節の君は、綱手を引いて通り過ぎるのも残念に思っていたので、琴の音が、風に乗って遠くから聞こえて来ると、場所の様子、君のお人柄、琴の音の淋しい感じなど、あわせて、風流を解する者たちは皆泣いてしまった。 |
帥、御消息聞こえたり。 「いと遥かなるほどよりまかり上りては、まづいつしかさぶらひて、都の御物語もとこそ、思ひたまへはべりつれ、思ひの外に、かくておはしましける御宿をまかり過ぎはべる、かたじけなう悲しうもはべるかな。あひ知りてはべる人びと、さるべきこれかれ、参で来向ひてあまたはべれば、所狭さを思ひたまへ憚りはべることどもはべりて、えさぶらはぬこと。ことさらに参りはべらむ」 など聞こえたり。子の筑前守ぞ参れる。この殿の、蔵人になし顧みたまひし人なれば、いとも悲し、いみじと思へども、また見る人びとのあれば、聞こえを思ひて、しばしもえ立ち止まらず。 |
大宰の帥は、ご挨拶を申し上げた。 「大変に遠い所から上京しては、まずはまっ先にお訪ね申して、都のお噂をもと存じておりましたが、意外なことに、こうしていらっしゃるお住まいを通り過ぎますこと、もったいなくも、また悲しうもございます。知り合いの者たちや、縁ある誰彼が、出迎えに多数来ておりますので、人目を憚ること多くございまして、お伺いできませんこと。また改めて参上いたします」 などと申し上げた。子の筑前守が参上した。この殿が、蔵人にして目をかけてやった人なので、とても悲しく辛いと思うが、また人の目があるので、噂をはばかって、しばらくの間も立ち留まっていることもできない。 |
「都離れて後、昔親しかりし人びと、あひ見ること難うのみなりにたるに、かくわざと立ち寄りものしたること」 とのたまふ。御返りもさやうになむ。 |
「都を離れて後は、昔から親しかった人々に会うことは難しくなっていたが、このようにわざわざ立ち寄ってくれたとは」 とおっしゃる。お返事も同様にあった。 |
守、泣く泣く帰りて、おはする御ありさま語る。帥よりはじめ、迎への人びと、まがまがしう泣き満ちたり。五節は、とかくして聞こえたり。 |
守は、泣く泣く戻って、いらっしゃるご様子を話す。帥をはじめとして、迎えの人々も、不吉なほど一同泣き満ちた。五節は、やっとの思いでお便りを差し上げた。 |
「琴の音に弾きとめらるる綱手縄 たゆたふ心君知るらめや 好き好きしさも、人な咎めそ」 |
「琴の音に引き止められた綱手縄のように ゆらゆら揺れているわたしの心をお分かりでしょうか 色めいて聞こえるのも、お咎めくださいますな」 |
と聞こえたり。ほほ笑みて見たまふ、いと恥づかしげなり。 |
と申し上げた。苦笑して御覧になるさま、まったく気後れする感じである。 |
「心ありて引き手の綱のたゆたはば うち過ぎましや須磨の浦波 いさりせむとは思はざりしはや」 |
「私を思う心があって引手綱のように揺れるというならば 通り過ぎて行きましょうか、この須磨の浦を さすらおうとは思ってもみないことであった」 |
とあり。駅の長に句詩取らする人もありけるを、まして、落ちとまりぬべくなむおぼえける。 |
とある。駅長に口詩をお与えになった人もあったが、それ以上に、このまま留まってしまいそうに思うのであった。 |