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須磨

第四章 光る源氏の物語 信仰生活と神の啓示の物語

1. 須磨で新年を迎える

 

本文

現代語訳

 須磨には、年返りて、日長くつれづれなるに、植ゑし若木の桜ほのかに咲き初めて、空のけしきうららかなるに、よろづのこと思し出でられて、うち泣きたまふ折多かり。

 須磨では、年も改まって、日が長くすることもない頃に、植えた若木の桜がちらほらと咲き出して、空模様もうららかな感じがして、さまざまなことがお思い出されなさって、ふとお泣きになる時が多くあった。

 二月二十日あまり、去にし年、京を別れし時、心苦しかりし人びとの御ありさまなど、いと恋しく、「南殿の桜、盛りになりぬらむ。一年の花の宴に、院の御けしき、内裏の主上のいときよらになまめいて、わが作れる句を誦じたまひし」も、思ひ出できこえたまふ。

 二月二十日過ぎ、過ぎ去った年、京を離れた時、気の毒に思えた人たちのご様子など、たいそう恋しく、「南殿の桜は、盛りになっただろう。去る年の花の宴の折に、院の御様子、主上がたいそう美しく優美に、わたしの作った句を朗誦なさった」のも、お思い出し申される。

 「いつとなく大宮人の恋しきに

   桜かざしし今日も来にけり」

 「いつと限らず大宮人が恋しく思われるのに

   桜をかざして遊んだその日がまたやって来た」

 いとつれづれなるに、大殿の三位中将は、今は宰相になりて、人柄のいとよければ、時世のおぼえ重くてものしたまへど、世の中あはれにあぢきなく、ものの折ごとに恋しくおぼえたまへば、「ことの聞こえありて罪に当たるともいかがはせむ」と思しなして、にはかに参うでたまふ。

  うち見るより、めづらしううれしきにも、ひとつ涙ぞこぼれける。

 何もすることもないころ、大殿の三位中将は、今では宰相に昇進して、人柄もとてもよいので、世間の信頼も厚くいらっしゃったが、世の中がしみじみつまらなく、何かあるごとに恋しく思われなさるので、「噂が立って罪に当たるようなことがあろうともかまうものか」とお考えになって、急にお訪ねになる。

  一目見るなり、珍しく嬉しくて、同じく涙がこぼれるのであった。

 住まひたまへるさま、言はむかたなく唐めいたり。所のさま、絵に描きたらむやうなるに、竹編める垣しわたして、石の階、松の柱、おろそかなるものから、めづらかにをかし。

 お住まいになっている様子、いいようもなく唐風である。その場所の有様、絵に描いたような上に、竹を編んで垣根をめぐらして、石の階段、松の柱、粗末ではあるが、珍しく趣がある。

 山賤めきて、ゆるし色の黄がちなるに、青鈍の狩衣、指貫、うちやつれて、ことさらに田舎びもてなしたまへるしも、いみじう、見るに笑まれてきよらなり。

  取り使ひたまへる調度も、かりそめにしなして、御座所もあらはに見入れらる。碁、双六盤、調度、弾棊の具など、田舎わざにしなして、念誦の具、行なひ勤めたまひけりと見えたり。もの参れるなど、ことさら所につけ、興ありてしなしたり。

 山人みたいに、許し色の黄色の下着の上に、青鈍色の狩衣、指貫、質素にして、ことさら田舎風にしていらっしゃるのが、実に、見るからににっこりせずにはいられないお美しさである。

  お使いになっていらっしゃる調度も、一時の間に合わせ物にして、ご座所もまる見えにのぞかれる。碁、双六の盤、お道具、弾棊の具などは、田舎風に作ってあって、念誦の具は、勤行なさっていたように見えた。お食事を差し上げる折などは、格別に場所に合わせて、興趣あるもてなしをした。

 海人ども漁りして、貝つ物持て参れるを、召し出でて御覧ず。浦に年経るさまなど問はせたまふに、さまざま安げなき身の愁へを申す。そこはかとなくさへづるも、「心の行方は同じこと。何か異なる」と、あはれに見たまふ。御衣どもなどかづけさせたまふを、生けるかひありと思へり。御馬ども近う立てて、見やりなる倉か何ぞなる稲取り出でて飼ふなど、めづらしう見たまふ。

海人たちが漁をして、貝の類を持って参ったのを、召し出して御覧になる。海辺に生活する様子などを尋ねさせなさると、いろいろと容易でない身の辛さを申し上げる。とりとめもなくしゃべり続けるのも、「心労は同じことだ。何の身分の上下に関係あろうか」と、しみじみと御覧になる。御衣類をお与えさせになると、生きていた甲斐があると思った。幾頭ものお馬を近くに繋いで、向こうに見える倉か何かにある稲を取り出して食べさせているのを、珍しく御覧になる。

 「飛鳥井」すこし歌ひて、月ごろの御物語、泣きみ笑ひみ、

  「若君の何とも世を思さでものしたまふ悲しさを、大臣の明け暮れにつけて思し嘆く」

  など語りたまふに、堪へがたく思したり。尽きすべくもあらねば、なかなか片端もえまねばず。

 「飛鳥井」を少し歌って、数月来のお話を、泣いたり笑ったりして、

  「若君が何ともご存知なくいらっしゃる悲しさを、大臣が明け暮れにつけてお嘆きになっている」

  などとお話になると、たまらなくお思いになった。お話し尽くせないから、かえって少しも伝えることができない。

 夜もすがらまどろまず、文作り明かしたまふ。さ言ひながらも、ものの聞こえをつつみて、急ぎ帰りたまふ。いとなかなかなり。御土器参りて、

  「酔ひの悲しび涙そそく春の盃の裏」

  と、諸声に誦じたまふ。御供の人も涙を流す。おのがじし、はつかなる別れ惜しむべかめり。

 一晩中一睡もせず、詩文を作って夜をお明かしになる。そうは言うものの、世間の噂を気にして、急いでお帰りになる。かえって辛い思いがする。お杯を差し上げて、

  「酔ひの悲しびを涙そそぐ春の盃の裏」

  と、一緒に朗誦なさる。お供の人も涙を流す。お互いに、しばしの別れを惜しんでいるようである。

 朝ぼらけの空に雁連れて渡る。主人の君、

 明け方の空に雁が列を作って飛んで行く。主の君は、

 「故郷をいづれの春か行きて見む

   うらやましきは帰る雁がね」

 「ふる里をいつの春にか見ることができるだろう

   羨ましいのは今帰って行く雁だ」

 宰相、さらに立ち出でむ心地せで、

 宰相は、まったく立ち去る気もせず、

 「あかなくに雁の常世を立ち別れ

   花の都に道や惑はむ」

 「まだ飽きないまま雁は常世を立ち去りますが

   花の都への道にも惑いそうです」

 さるべき都の苞など、由あるさまにてあり。主人の君、かくかたじけなき御送りにとて、黒駒たてまつりたまふ。

  「ゆゆしう思されぬべけれど、風に当たりては、嘶えぬべければなむ」

  と申したまふ。世にありがたげなる御馬のさまなり。

  「形見に偲びたまへ」

  とて、いみじき笛の名ありけるなどばかり、人咎めつべきことは、かたみにえしたまはず。

 しかるべき都へのお土産など、風情ある様に準備してある。主の君は、このような有り難いお礼にと思って、黒駒を差し上げなさる。

  「縁起でもなくお思いになるかも知れませんが、風に当たったら、きっと嘶くでしょうから」

  とお申し上げになる。世にめったにないほどの名馬の様である。

  「わたしの形見として思い出してください」

  と言って、たいそう立派な笛で高名なのを贈るぐらいで、人が咎め立てするようなことは、お互いにすることはおできになれない。

 日やうやうさし上がりて、心あわたたしければ、顧みのみしつつ出でたまふを、見送りたまふけしき、いとなかなかなり。

  「いつまた対面は」

  と申したまふに、主人、

 日がだんだん高くさし昇って、心せわしいので、振り返り

ながらお立ちになるのを、お見送りなさる様子、まったくなまじお会いせねばよかったと思われるくらいである。

  「いつ再びお目にかからせていただけましょう」

  と申し上げると、主人の君は、

 「雲近く飛び交ふ鶴も空に見よ

   我は春日の曇りなき身ぞ

 「雲の近くを飛びかっている鶴よ、雲上人よ、照覧あれ

 わたしは春の日のようにいささかも曇りのない身です

 かつは頼まれながら、かくなりぬる人、昔のかしこき人だに、はかばかしう世にまたまじらふこと難くはべりければ、何か、都のさかひをまた見むとなむ思ひはべらぬ」

一方では当てにしながら、このように勅勘を蒙った人は、昔の賢人でさえ、満足に世に再び出ることは難しかったのだから、どうして、都の地を再び見ようなどとは思いませぬ」

 などのたまふ。宰相、

 などとおっしゃると、宰相は、

 「たづかなき雲居にひとり音をぞ鳴く

   翼並べし友を恋ひつつ

 「頼りない雲居にわたしは独りで泣いています

   かつて共に翼を並べた君を恋い慕いながら

 かたじけなく馴れきこえはべりて、いとしもと悔しう思ひたまへらるる折多く」

  など、しめやかにもあらで帰りたまひぬる名残、いとど悲しう眺め暮らしたまふ。

 もったいなく馴れなれしくお振る舞い申して、かえって悔しく存じられます折々の多いことでございます」

  などと、しんみりすることなくてお帰りになった、その後、ますます悲しく物思いに沈んでお過ごしになる。



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