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明石

第三章 明石の君の物語 結婚の喜びと嘆きの物語

1. 明石の侘び住まい

 

本文

現代語訳

 明石には、例の、秋、浜風のことなるに、一人寝もまめやかにものわびしうて、入道にも折々語らはせたまふ。

  「とかく紛らはして、こち参らせよ」

  とのたまひて、渡りたまはむことをばあるまじう思したるを、正身はた、さらに思ひ立つべくもあらず。

 明石では、例によって、秋、浜風が格別で、独り寝も本当に何となく淋しくて、入道にも時々話をおもちかけになる。

  「何とか人目に立たないようにして、こちらに差し向けなさい」

  とおっしゃって、いらっしゃることは決してないようにお思いになっているが、娘は娘でまた、まったく出向く気などない。

 「いと口惜しき際の田舎人こそ、仮に下りたる人のうちとけ言につきて、さやうに軽らかに語らふわざをもすなれ、人数にも思されざらむものゆゑ、我はいみじきもの思ひをや添へむ。かく及びなき心を思へる親たちも、世籠もりて過ぐす年月こそ、あいな頼みに、行く末心にくく思ふらめ、なかなかなる心をや尽くさむ」と思ひて、「ただこの浦におはせむほど、かかる御文ばかりを聞こえかはさむこそ、おろかならね。年ごろ音にのみ聞きて、いつかはさる人の御ありさまをほのかにも見たてまつらむなど、思ひかけざりし御住まひにて、まほならねどほのかにも見たてまつり、世になきものと聞き伝へし御琴の音をも風につけて聞き、明け暮れの御ありさまおぼつかなからで、かくまで世にあるものと思し尋ぬるなどこそ、かかる海人のなかに朽ちぬる身にあまることなれ」

  など思ふに、いよいよ恥づかしうて、つゆも気近きことは思ひ寄らず。

 「とても取るに足りない身分の田舎者は、一時的に下向した人の甘い言葉に乗って、そのように軽く良い仲になることもあろうが、一人前の夫人として思ってくださらないだろうから、わたしはたいへんつらい物思いの種を増すことだろう。あのように及びもつかぬ高望みをしている両親も、未婚の間で過ごしているうちは、当てにならないことを当てにして、将来に希望をかけていようが、かえって心配が増ることであろう」と思って、「ただこの浦にいらっしゃる間は、このようなお手紙だけをやりとりさせていただけるのは、並々ならぬこと。長年噂にだけ聞いて、いつの日にかそのような方のご様子をちらっとでも拝見しようなどと、思いもしなかったお住まいで、よそながらもちらと拝見し、世にも素晴らしいと聞き伝えていたお琴の音をも風に乗せて聴き、毎日のお暮らしぶりもはっきりと見聞きし、このようにまでわたしに対してご関心いただくのは、このような海人の中に混じって朽ち果てた身にとっては、過分の幸せだわ」

  などと思うと、ますます気後れがして、少しもお側近くに上がることなどは考えもしない。

 親たちは、ここらの年ごろの祈りの叶ふべきを思ひながら、

  「ゆくりかに見せたてまつりて、思し数まへざらむ時、いかなる嘆きをかせむ」

  と思ひやるに、ゆゆしくて、

  「めでたき人と聞こゆとも、つらういみじうもあるべきかな。目にも見えぬ仏、神を頼みたてまつりて、人の御心をも、宿世をも知らで」

  など、うち返し思ひ乱れたり。君は、

  「このころの波の音に、かの物の音を聞かばや。さらずは、かひなくこそ」

  など、常はのたまふ。

 両親は、長年の念願が今にも叶いそうに思いながら、

  「不用意にお見せ申して、もし相手にもしてくださらなかった時は、どんなに悲しい思いをするだろうか」

  と想像すると、心配でたまらず、

  「立派な方とは申しても、辛く堪らないことであるよ。目に見えない仏、神を信じ申して、君のお心や、娘の運命をも分からないままに」

  などと、改めて思い悩んでいた。君は、

  「この頃の波の音に合わせて、あの琴の音色を聴きたいものだ。それでなかったら、何にもならない」

  などと、いつもおっしゃる。



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