第三章 明石の君の物語 結婚の喜びと嘆きの物語
3.
紫の君に手紙
本文 |
現代語訳 |
二条の君の、風のつてにも漏り聞きたまはむことは、「たはぶれにても、心の隔てありけると、思ひ疎まれたてまつらむ、心苦しう恥づかしう」思さるるも、あながちなる御心ざしのほどなりかし。「かかる方のことをば、さすがに、心とどめて怨みたまへりし折々、などて、あやなきすさびごとにつけても、さ思はれたてまつりけむ」など、取り返さまほしう、人のありさまを見たまふにつけても、恋しさの慰む方なければ、例よりも御文こまやかに書きたまひて、 |
二条院の君が、風の便りにも漏れお聞きなさるようなことは、「冗談にもせよ、隠しだてをしたのだと、お疎み申されるのは、申し訳なくも恥ずかしいことだ」とお思いになるのも、あまりなご愛情の深さというものであろう。「こういう方面のことは、穏和な方とはいえ、気になさってお恨みになった折々、どうして、つまらない忍び歩きにつけても、そのようなつらい思いをおさせ申したのだろうか」などと、昔を今に取り戻したく、女の有様を御覧になるにつけても、恋しく思う気持ちが慰めようがないので、いつもよりお手紙を心こめてお書きになって、 |
「まことや、我ながら心より外なるなほざりごとにて、疎まれたてまつりし節々を、思ひ出づるさへ胸いたきに、また、あやしうものはかなき夢をこそ見はべりしか。かう聞こゆる問はず語りに、隔てなき心のほどは思し合はせよ。『誓ひしことも』」など書きて、 |
「ところで、そうそう、自分ながら心にもない出来心を起こして、お恨まれ申した時々のことを、思い出すのさえ胸が痛くなりますのに、またしても、変なつまらない夢を見たのです。このように申し上げます問わず語りに、隠しだてしない胸の中だけはご理解ください。『誓ひしことも』」などと書いて、 |
「何事につけても、 しほしほとまづぞ泣かるるかりそめの みるめは海人のすさびなれども」 |
「何事につけても、 あなたのことが思い出されて、さめざめと泣けてしまいます かりそめの恋は海人のわたしの遊び事ですけれども」 |
とある御返り、何心なくらうたげに書きて、 |
とあるお返事、何のこだわりもなくかわいらしげに書いて、 |
「忍びかねたる御夢語りにつけても、思ひ合はせらるること多かるを、 うらなくも思ひけるかな契りしを 松より波は越えじものぞと」 |
「隠しきれずに打ち明けてくださった夢のお話につけても、思い当たることが多くございますが、 固い約束をしましたので、何の疑いもなく信じておりました
末の松山のように、心変わりはないものと」 |
おいらかなるものから、ただならずかすめたまへるを、いとあはれに、うち置きがたく見たまひて、名残久しう、忍びの旅寝もしたまはず。 |
鷹揚な書きぶりながら、お恨みをこめてほのめかしていらっしゃるのを、とてもしみじみと思われ、下に置くこともできず御覧になって、その後は、久しい間忍びのお通いもなさらない。 |