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澪標

第四章 明石の物語 住吉浜の邂逅

1. 住吉詣で

 

本文

現代語訳

 その秋、住吉に詣でたまふ。願ども果たしたまふべければ、いかめしき御ありきにて、世の中ゆすりて、上達部、殿上人、我も我もと仕うまつりたまふ。

 その年の秋に、住吉にご参詣になる。願ほどきなどをなさるご予定なので、盛大なご行列で、世間でも大騷ぎして、上達部、殿上人らが、我も我もとお供申し上げになさる。

 折しも、かの明石の人、年ごとの例のことにて詣づるを、去年今年は障ることありて、おこたりける、かしこまり取り重ねて、思ひ立ちけり。

  舟にて詣でたり。岸にさし着くるほど、見れば、ののしりて詣でたまふ人のけはひ、渚に満ちて、いつくしき神宝を持て続けたり。楽人、十列など、装束をととのへ、容貌を選びたり。

 ちょうどその折、あの明石の人は、毎年恒例にして参詣するのが、去年今年は差し障りがあって、参詣できなかった、そのお詫びも兼ねて思い立ったのであった。

  舟で参詣した。岸に着ける時、見ると、大騷ぎして参詣なさる人々の様子、渚にいっぱいあふれていて、尊い奉納品を列をなさせていた。楽人、十人ほど、衣装を整え、顔形の良い者を選んでいた。

 「誰が詣でたまへるぞ」

  と問ふめれば、

  「内大臣殿の御願果たしに詣でたまふを、知らぬ人もありけり」

  とて、はかなきほどの下衆だに、心地よげにうち笑ふ。

 「どなたが参詣なさるのですか」

  と尋ねたらしいので、

  「内大臣殿が、御願ほどきに参詣なさるのを、知らない人もいたのだなあ」

  と言って、とるにたりない身分の低い者までもが、気持ちよさそうに笑う。

 「げに、あさましう、月日もこそあれ。なかなか、この御ありさまを遥かに見るも、身のほど口惜しうおぼゆ。さすがに、かけ離れたてまつらぬ宿世ながら、かく口惜しき際の者だに、もの思ひなげにて、仕うまつるを色節に思ひたるに、何の罪深き身にて、心にかけておぼつかなう思ひきこえつつ、かかりける御響きをも知らで、立ち出でつらむ」

  など思ひ続くるに、いと悲しうて、人知れずしほたれけり。

 「なるほど、あきれたことよ、他の月日もあろうに、かえって、このご威勢を遠くから眺めるのも、わが身の程が情なく思われる。とはいえ、お離れ申し上げられない運命ながら、このような賤しい身分の者でさえも、何の物思いもないふうで、お仕えしているのを晴れがましいことに思っているのに、どのような罪深い身で、心に掛けてお案じ申し上げていながら、これほどの評判であったご参詣のことも知らずに、出掛けて来たのだろう」

  などと思い続けると、実に悲しくなって、人知れず涙がこぼれるのであった。



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