第三章 末摘花の物語 久しぶりの再会の物語
3.
源氏、邸内に入る
本文 |
現代語訳 |
「などかいと久しかりつる。いかにぞ。昔のあとも見えぬ蓬のしげさかな」 とのたまへば、 「しかしかなむ、たどり寄りてはべりつる。侍従が叔母の少将といひはべりし老人なむ、変はらぬ声にてはべりつる」 と、ありさま聞こゆ。 |
「どうしてひどく長くかかったのだ。どうであったか。昔の面影も見えないほど雑草の茂っていることよ」 とおっしゃると、 「これこれの次第で、ようやく分かりました。侍従の叔母で少将と言いました老女が、昔と変わらない様子でおりました」 と、その様子を申し上げる。 |
いみじうあはれに、 「かかるしげき中に、何心地して過ぐしたまふらむ。今まで訪はざりけるよ」 と、わが御心の情けなさも思し知らる。 |
ひどく不憫な気持ちになって、 「このような蓬生の茂った中に、どのようなお気持ちでお過ごしになっていられたのだろう。今までお訪ねしなかったとは」 と、ご自分の薄情さを思わずにはいらっしゃれない。 |
「いかがすべき。かかる忍びあるきも難かるべきを、かかるついでならでは、え立ち寄らじ。変はらぬありさまならば、げにさこそはあらめと、推し量らるる人ざまになむ」 |
「どうしたらよいものだろう。このような忍び歩きも難しいであろうから、このような機会でなかったら、立ち寄ることもできまい。昔と変わっていない様子ならば、なるほどそのようであろうと、推量されるお人柄である」 |
とはのたまひながら、ふと入りたまはむこと、なほつつましう思さる。ゆゑある御消息もいと聞こえまほしけれど、見たまひしほどの口遅さも、まだ変らずは、御使の立ちわづらはむもいとほしう、思しとどめつ。惟光も、 |
とはおっしゃるものの、すぐにお入りになること、やはり躊躇される。趣き深いご消息も差し上げたくお思いになるが、かつてご経験された返歌の遅いのも、まだ変わっていなかったなら、お使いの者が待ちあぐねるのも気の毒で、お止めになった。惟光も、 |
「さらにえ分けさせたまふまじき、蓬の露けさになむはべる。露すこし払はせてなむ、入らせたまふべき」 |
「とてもお踏み分けになれそうにない、ひどい蓬生の露けさでございます。露を少し払わせて、お入りあそばすよう」 |
と聞こゆれば、 |
と申し上げるので、 |
「尋ねても我こそ訪はめ道もなく 深き蓬のもとの心を」 |
「誰も訪ねませんがわたしこそは訪問しましょう 道もないくらい深く茂った蓬の宿の姫君の変わらないお心を」 |
と独りごちて、なほ下りたまへば、御先の露を、馬の鞭して払ひつつ入れたてまつる。 雨そそきも、なほ秋の時雨めきてうちそそけば、 |
と独り言をいって、やはりお車からお下りになると、御前の露を、馬の鞭で払いながらお入れ申し上げる。 雨の雫も、やはり秋の時雨のように降りかかるので、 |
「御傘さぶらふ。げに、木の下露は、雨にまさりて」 と聞こゆ。御指貫の裾は、いたうそほちぬめり。昔だにあるかなきかなりし中門など、まして形もなくなりて、入りたまふにつけても、いと無徳なるを、立ちまじり見る人なきぞ心やすかりける。 |
「お傘がございます。なるほど、木の下露は雨にまさって」 と申し上げる。御指貫の裾は、ひどく濡れてしまったようである。昔でさえあるかないかであった中門など、昔以上に跡形もなくなって、お入りになるにつけても、何の役に立たないのであるが、その場にいて見ている人がないのも気楽であった。 |