TOP  総目次  源氏物語目次   前へ 次へ
絵合

第三章 後宮の物語 帝の御前の絵合せ

3. 左方、勝利をおさめる

 

本文

現代語訳

 定めかねて夜に入りぬ。左はなほ数一つある果てに、「須磨」の巻出で来たるに、中納言の御心、騒ぎにけり。あなたにも心して、果ての巻は心ことにすぐれたるを選り置きたまへるに、かかるいみじきものの上手の、心の限り思ひすまして静かに描きたまへるは、たとふべきかたなし。

 勝負がつかないで夜に入った。左方、なお一番残っている最後に、「須磨」の絵巻が出て来たので、権中納言のお心、動揺してしまった。あちらでも心づもりして、最後の巻は特に優れた絵を選んでいらっしゃったのだが、このような大変な絵の名人が、心ゆくばかり思いを澄ませて心静かにお描きになったのは、譬えようがない。

 親王よりはじめたてまつりて、涙とどめたまはず。その世に、「心苦し悲し」と思ほししほどよりも、おはしけむありさま、御心に思ししことども、ただ今のやうに見え、所のさま、おぼつかなき浦々、磯の隠れなく描きあらはしたまへり。

 親王をはじめまいらせて、感涙を止めることがおできになれない。あの当時に、「お気の毒に、悲しいこと」とお思いになった時よりも、お過ごしになったという所の様子、どのようなお気持ちでいらしたかなど、まるで目の前のことのように思われ、その土地の風景、見たこともない浦々、磯を隈なく描き現していらっしゃった。

 草の手に仮名の所々に書きまぜて、まほの詳しき日記にはあらず、あはれなる歌などもまじれる、たぐひゆかし。誰もこと事思ほさず、さまざまの御絵の興、これに皆移り果てて、あはれにおもしろし。よろづ皆おしゆづりて、左、勝つになりぬ。

 草書体に仮名文字を所々に書き交ぜて、正式の詳しい日記ではなく、しみじみとした歌などが混じっている、その残りの巻が見たいくらいである。誰も他人事とは思われず、いろいろな御絵に対する興味、これにすっかり移ってしまって、感慨深く興趣深い。万事みなこの絵日記に譲って、左方、勝ちとなった。


TOP  総目次  源氏物語目次 ページトップへ  前へ 次へ