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松風

第一章 明石の物語 上洛と老夫婦の別れの秋

3. 惟光を大堰に派遣

 

 

本文

現代語訳

 かやうに思ひ寄るらむとも知りたまはで、上らむことをもの憂がるも、心得ず思し、「若君の、さてつくづくとものしたまふを、後の世に人の言ひ伝へむ、今一際、人悪ろき疵にや」と思ほすに、造り出でてぞ、「しかしかの所をなむ思ひ出でたる」と聞こえさせける。「人に交じらはむことを苦しげにのみものするは、かく思ふなりけり」と心得たまふ。「口惜しからぬ心の用意かな」と思しなりぬ。

 このように考えついていようともご存知なくて、上京することを億劫がっているのも、わけが分からずお思いになって、「若君が、あのようなままひっそり淋しくしていらっしゃるのを、後世に人が言い伝えては、もう一段と、外聞の悪い欠点になりはしないか」とお思いになっていたところに、完成させて、「しかじかの所を思い出しました」と申し上げたのであった。「人なかに出て来ることを嫌がってばかりいたのは、このように考えてのことであったのか」と合点が行きなさる。「立派な心がまえであるよ」とお思いになった。

 惟光朝臣、例の忍ぶる道は、いつとなくいろひ仕うまつる人なれば、遣はして、さるべきさまに、ここかしこの用意などせさせたまひけり。

 惟光朝臣、例によって、内緒事にはいつに限らず関係してお勤めする人なので、お遣わしになって、しかるべきさまにあれこれの準備などをおさせになるのであった。

 「あたり、をかしうて、海づらに通ひたる所のさまになむはべりける」

  と聞こゆれば、「さやうの住まひに、よしなからずはありぬべし」と思す。

 「付近一帯、趣のある所で、海辺に似た感じの所でございました」

  と申し上げると、「そのような住まいとしては、ふさわしくないこともあるまい」とお思いになる。

 造らせたまふ御堂は、大覚寺の南にあたりて、滝殿の心ばへなど、劣らずおもしろき寺なり。

  これは、川面に、えもいはぬ松蔭に、何のいたはりもなく建てたる寝殿のことそぎたるさまも、おのづから山里のあはれを見せたり。内のしつらひなどまで思し寄る。

 ご建立なさった御堂は、大覚寺の南に当たって、滝殿の趣なども、それに負けないくらい素晴らしい寺である。

  こちらは、大堰川に面していて、何とも言えぬ風趣ある松蔭に、何の工夫も凝らさずに建てた寝殿の簡素な様子も、自然と山里のしみじみとした情趣が感じられる。内部の装飾などまでご配慮なさっている。


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