第一章 明石の物語 母子の雪の別れ
3. 明石と乳母、和歌を唱和
本文 |
現代語訳 |
雪、霰がちに、心細さまさりて、「あやしくさまざまに、もの思ふべかりける身かな」と、うち嘆きて、常よりもこの君を撫でつくろひつつ見ゐたり。 |
雪、霰の日が多く、心細い気持ちもいっそうつのって、「不思議と何かにつけ、物思いがされるわが身だわ」と、悲しんで、いつもよりもこの姫君を撫でたり身なりを繕ったりしながら見ていた。 |
雪かきくらし降りつもる朝、来し方行く末のこと、残らず思ひつづけて、例はことに端近なる出で居などもせぬを、汀の氷など見やりて、白き衣どものなよよかなるあまた着て、眺めゐたる様体、頭つき、うしろでなど、「限りなき人と聞こゆとも、かうこそはおはすらめ」と人びとも見る。落つる涙をかき払ひて、 |
雪が空を暗くして降り積もった翌朝、過ぎ去った日々のことや将来のこと、何もかもお考え続けて、いつもは特に端近な所に出ていることなどはしないのだが、汀の氷などを眺めやって、白い衣の柔らかいのを幾重にも重ね着て、物思いに沈んでいる容姿、頭の恰好、後ろ姿などは、「どんなに高貴なお方と申し上げても、こんなではいらっしゃろう」と女房たちも見る。落ちる涙をかき払って、 |
「かやうならむ日、ましていかにおぼつかなからむ」と、らうたげにうち嘆きて、 |
「このような日は、今にもましてどんなにか心淋しいことでしょう」と、痛々しげに嘆いて、 |
「雪深み深山の道は晴れずとも なほ文かよへ跡絶えずして」 |
「雪が深いので奥深い山里への道は通れなくなろうとも どうか手紙だけはください、跡の絶えないように」 |
とのたまへば、乳母、うち泣きて、 |
とおっしゃると、乳母、泣いて、 |
「雪間なき吉野の山を訪ねても 心のかよふ跡絶えめやは」 |
「雪の消える間もない吉野の山奥であろうとも必ず訪ねて行って 心の通う手紙を絶やすことは決してしません」 |
と言ひ慰む。 |
と言って慰める。 |