第二章 源氏の女君たちの物語 新春の女君たちの生活
2. 源氏、大堰山荘訪問を思いつく
本文 |
現代語訳 |
山里のつれづれをも絶えず思しやれば、公私もの騒がしきほど過ぐして、渡りたまふとて、常よりことにうち化粧じたまひて、桜の御直衣に、えならぬ御衣ひき重ねて、たきしめ、装束きたまひて、まかり申したまふさま、隈なき夕日に、いとどしくきよらに見えたまふ。女君、ただならず見たてまつり送りたまふ。 |
山里の寂しさを絶えず心配なさっているので、公私に忙しい時期を過ごして、お出かけになろうとして、いつもより特別にお粧いなさって、桜のお直衣に、何ともいえない素晴らしい御衣を重ねて、香をたきしめ、身繕いなさって、お出かけのご挨拶をなさる様子、隈なく射し込んでいる夕日に、ますます美しくお見えになるのを、女君、おだやかならぬ気持ちでお見送り申し上げなさる。 |
姫君は、いはけなく御指貫の裾にかかりて、慕ひきこえたまふほどに、外にも出でたまひぬべければ、立ちとまりて、いとあはれと思したり。こしらへおきて、「明日帰り来む」と、口ずさびて出でたまふに、渡殿の戸口に待ちかけて、中将の君して聞こえたまへり。 |
姫君は、あどけなく御指貫の裾にまつわりついて、お慕い申し上げなさるうちに、御簾の外にまで出てしまいそうなので、立ちどまって、とてもかわいいとお思いになった。なだめすかして、「明日帰って来ましょう」と口ずさんでお出になると、渡殿の戸口に待ちかまえさせて、中将の君をして、申し上げさせなさった。 |
「舟とむる遠方人のなくはこそ 明日帰り来む夫と待ち見め」 |
「あなたをお引き止めするあちらの方がいらっしゃらないのなら 明日帰ってくるあなたと思ってお待ちいたしましょうが」 |
いたう馴れて聞こゆれば、いとにほひやかにほほ笑みて、 |
たいそうもの慣れて申し上げるので、いかにもにっこりと微笑んで、 |
「行きて見て明日もさね来むなかなかに 遠方人は心置くとも」 |
「ちょっと行ってみて明日にはすぐに帰ってこよう かえってあちらが機嫌を悪くしようとも」 |
何事とも聞き分かでされありきたまふ人を、上はうつくしと見たまへば、遠方人のめざましきも、こよなく思しゆるされにたり。 |
何ともわからないではしゃぎまわっていらっしゃる姫を、上はかわいらしいと御覧になるので、あちらの人の不愉快さも、すっかり大目に見る気になっていらっしゃった。 |
「いかに思ひおこすらむ。われにて、いみじう恋しかりぬべきさまを」 |
「どう思っているだろうか。自分だって、とても恋しく思わずにはいられないなのに」 |
と、うちまもりつつ、ふところに入れて、うつくしげなる御乳をくくめたまひつつ、戯れゐたまへる御さま、見どころ多かり。御前なる人びとは、 |
と、じっと見守りながら、ふところに入れて、かわいらしいお乳房をお含ませながら、あやしていらっしゃるご様子、どこから見ても素晴らしい。お側に仕える女房たちは、 |
「などか、同じくは」 |
「どうしてかしら。同じお生まれになるなら」 |
「いでや」 |
「ほんとうにね」 |
など、語らひあへり。 |
などと、話し合っていた。 |