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薄雲

第三章 藤壺の物語 藤壺女院の崩御

1. 太政大臣薨去と天変地異

 

本文

現代語訳

 そのころ、太政大臣亡せたまひぬ。世の重しとおはしつる人なれば、朝廷にも思し嘆く。しばし、籠もりたまひしほどをだに、天の下の騷ぎなりしかば、まして、悲しと思ふ人多かり。源氏の大臣も、いと口惜しく、よろづこと、おし譲りきこえてこそ、暇もありつるを、心細く、事しげくも思されて、嘆きおはす。

 そのころ、太政大臣がお亡くなりになった。世の重鎮としていらっしゃった方なので、帝におかせられてもお嘆きになる。しばらくの間、籠もっていらっしゃった間でさえ、天下の騷ぎであったので、その時以上に、悲しむ人々が多かった。源氏の大臣も、たいそう残念に、万事の政務、お譲り申し上げてこそ、お暇もあったのだが、心細く政務も忙しく思われなさって、嘆いていらっしゃる。

 帝は、御年よりはこよなう大人大人しうねびさせたまひて、世の政事も、うしろめたく思ひきこえたまふべきにはあらねども、またとりたてて御後見したまふべき人もなきを、「誰れに譲りてかは、静かなる御本意もかなはむ」と思すに、いと飽かず口惜し。

 帝は、お年よりはこの上なく大人らしく御成人あそばして、天下の政治も心配申し上げなさるような必要はないのだが、また特別にご後見なさる適当な方もいないので、「誰に譲って静かに出家の本意をかなえられようか」とお思いになると、まことに残念でならない。

 後の御わざなどにも、御子ども孫に過ぎてなむ、こまやかに弔らひ、扱ひたまひける。

 ご法事などにも、ご子息やお孫たち以上に、心をこめてご弔問なさり、御世話なさるのであった。

 その年、おほかた世の中騒がしくて、朝廷ざまに、もののさとししげく、のどかならで、

 その年は、いったいに世の中が騒然として、朝廷に対して、何事かの前兆が頻繁に現れ、不穏で、

 「天つ空にも、例に違へる月日星の光見え、雲のたたずまひあり」

 「天空にも、いつもと違った月や日や星の光りが見えて、雲がたなびいている」

 とのみ、世の人おどろくこと多くて、道々の勘文どもたてまつれるにも、あやしく世になべてならぬことども混じりたり。内の大臣のみなむ、御心のうちに、わづらはしく思し知らるることありける。

 とばかり言って、世間の人の驚くことが多くて、それぞれの道の勘文を差し上げた中にも、不思議で世に尋常でない事柄が混じっていた。内大臣だけは、ご心中に、厄介にそれとお分りになることがあるのであった。



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