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朝顔

第二章 朝顔姫君の物語 老いてなお旧りせぬ好色心

1. 朝顔姫君訪問の道中

 

本文

現代語訳

 夕つ方、神事なども止まりてさうざうしきに、つれづれと思しあまりて、五の宮に例の近づき参りたまふ。雪うち散りて艶なるたそかれ時に、なつかしきほどに馴れたる御衣どもを、いよいよたきしめたまひて、心ことに化粧じ暮らしたまへれば、いとど心弱からむ人はいかがと見えたり。さすがに、まかり申しはた、聞こえたまふ。

 夕方、神事なども停止となって物寂しいので、することもない思いに耐えかねて、五の宮にいつものお伺いをなさる。雪がちょっとちらついて風情ある黄昏時に、優しい感じに着馴れたお召し物に、ますます香をたきしめなさって、念入りにおめかしして一日をお過ごしになったので、ますますなびきやすい人はどんなにかと見えた。それでも、お出かけのご挨拶はご挨拶として、申し上げなさる。

 「女五の宮の悩ましくしたまふなるを、訪らひきこえになむ」

 「女五の宮がご病気でいらっしゃるというのを、お見舞い申し上げようと思いまして」

 とて、ついゐたまへれど、見もやりたまはず、若君をもてあそび、紛らはしおはする側目の、ただならぬを、

 と言って、軽く膝をおつきになるが、振り向きもなさらず、若君をあやして、さりげなくいらっしゃる横顔が、ただならぬ様子なので、

 「あやしく、御けしきの変はれるべきころかな。罪もなしや。塩焼き衣のあまり目馴れ、見だてなく思さるるにやとて、とだえ置くを、またいかが」

 「不思議と、ご機嫌の悪くなったこのごろですね。罪もありませんね。塩焼き衣のように、あまりなれなれしくなって、珍しくなくお思いかと思って、家を空けていましたが、またどのようにお考えになってか」

 など聞こえたまへば、

 などと申し上げなさると、

 「馴れゆくこそ、げに、憂きこと多かりけれ」

 「馴じんで行くのは、おっしゃるとおり、いやなことが多いものですね」

 とばかりにて、うち背きて臥したまへるは、見捨てて出でたまふ道、もの憂けれど、宮に御消息聞こえたまひてければ、出でたまひぬ。

 とだけ言って、顔をそむけて臥せっていらっしゃるのは、そのまま見捨ててお出かけになるのも、気も進まないが、宮にお手紙を差し上げてしまっていたので、お出かけになった。

 「かかりけることもありける世を、うらなくて過ぐしけるよ」

 「このようなこともある夫婦仲だったのに、安心しきって過ごしてきたことだわ」

 と思ひ続けて、臥したまへり。鈍びたる御衣どもなれど、色合ひ重なり、好ましくなかなか見えて、雪の光にいみじく艶なる御姿を見出だして、

  とお思い続けて、臥せっていらっしゃる。鈍色めいたお召し物であるが、色合いが重なって、かえって好ましく見えて、雪の光にたいそう優美なお姿を御覧になって、

 「まことに離れまさりたまはば」

 「ほんとうに心がますます離れて行ってしまわれたならば」

 と、忍びあへず思さる。

 と、堪えきれないお気持ちになる。

 御前など忍びやかなる限りして、

 御前駆なども内々の人ばかりで、

 「内裏より他の歩きは、もの憂きほどになりにけりや。桃園宮の心細きさまにてものしたまふも、式部卿宮に年ごろは譲りきこえつるを、今は頼むなど思しのたまふも、ことわりに、いとほしければ」

 「宮中以外の外出は、億劫になってしまったよ。桃園宮が心細い様子でいらっしゃっるのも、式部卿宮に長年お任せ申し上げていたが、これからは頼むなどとおっしゃるのも、もっともなことで、お気の毒なので」

 など、人びとにものたまひなせど、

 などと、人々にもしいておっしゃるが、

 「いでや。御好き心の古りがたきぞ、あたら御疵なめる」

 「さあどんなものでしょう。ご好心が変わらないのは、惜しい玉の瑕のようです」

 「軽々しきことも出で来なむ」

 「よからぬ事がきっと起こるでしょう」

 など、つぶやきあへり。

 などと、呟き合っていた。



 

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