第二章 朝顔姫君の物語 老いてなお旧りせぬ好色心
4.
朝顔姫君と和歌を詠み交わす
本文 |
現代語訳 |
西面には御格子参りたれど、厭ひきこえ顔ならむもいかがとて、一間、二間は下ろさず。月さし出でて、薄らかに積もれる雪の光りあひて、なかなかいとおもしろき夜のさまなり。 |
西面では御格子を下ろしていたが、お嫌い申しているように思われるのもどうかと、一間、二間は下ろしてない。月が顔を出して、うっすらと積もった雪の光に映えて、かえって趣のある夜の様子である。 |
「ありつる老いらくの心げさうも、良からぬものの世のたとひとか聞きし」と思し出でられて、をかしくなむ。今宵は、いとまめやかに聞こえたまひて、 |
「さきほどの老いらくの懸想ぶりも、似つかわしくないものの例とか聞いた」とお思い出されなさって、おかしくなった。今宵は、たいそう真剣にお話なさって、 |
「一言、憎しなども、人伝てならでのたまはせむを、思ひ絶ゆるふしにもせむ」 |
「せめて一言、憎いなどとでも、人伝てではなく直におっしゃっていただければ、思いあきらめるきっかけにもしましょう」 |
と、おり立ちて責めきこえたまへど、 |
と、身を入れて強くお訴えになるが、 |
「昔、われも人も若やかに、罪許されたりし世にだに、故宮などの心寄せ思したりしを、なほあるまじく恥づかしと思ひきこえてやみにしを、世の末に、さだすぎ、つきなきほどにて、一声もいとまばゆからむ」 |
「昔、自分も相手も若くて、過ちが許されたころでさえ、亡き父宮などが好感を持っていらっしゃったのを、やはりとんでもなく気がひけることだとお思い申して終わったのに、晩年になり、盛りも過ぎ、似つかわしくない今頃になって、その一言をお聞かせするのも気恥ずかしいことだろう」 |
と思して、さらに動きなき御心なれば、「あさましう、つらし」と思ひきこえたまふ。 |
とお思いになって、まったく動じようとしないお気持ちなので、「あきれるほどに、つらい」とお思い申し上げなさる。 |
さすがに、はしたなくさし放ちてなどはあらぬ人伝ての御返りなどぞ、心やましきや。夜もいたう更けゆくに、風のけはひ、はげしくて、まことにいともの心細くおぼゆれば、さまよきほど、おし拭ひたまひて、 |
そうかといって、不体裁に突き放してというのではない取次ぎのお返事などが、かえってじれることである。夜もたいそう更けてゆくにつれ、風の具合が、激しくなって、ほんとうにもの心細く思われるので、体裁よいところで、お拭いになって、 |
「つれなさを昔に懲りぬ心こそ 人のつらきに添へてつらけれ 心づからの」 |
「昔のつれない仕打ちに懲りもしないわたしの心までが あなたがつらく思う心に加わってつらく思われるのです 自然とどうしようもございません」 |
とのたまひすさぶるを、 |
と口に上るままにおっしゃると、 |
「げに」 |
「ほんとうに」 |
「かたはらいたし」 |
「見ていて気が気でありませんわ」 |
と、人びと、例の、聞こゆ。 |
と、女房たちは、例によって、申し上げる。 |
「あらためて何かは見えむ人のうへに かかりと聞きし心変はりを 昔に変はることは、ならはず」 |
「今さらどうして気持ちを変えたりしましょう 他人ではそのようなことがあると聞きました心変わりを 昔と変わることは、今もできません」 |
など聞こえたまへり。 |
などとお答え申し上げなさった。 |