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朝顔

第三章 紫の君の物語 冬の雪の夜の孤影

4. 藤壺、源氏の夢枕に立つ  

 

本文

現代語訳

 月いよいよ澄みて、静かにおもしろし。女君、

 月がいよいよ澄んで、静かで趣がある。女君、

 「氷閉ぢ石間の水は行きなやみ

   空澄む月の影ぞ流るる」

 「氷に閉じこめられた石間の遣水は流れかねているが

   空に澄む月の光はとどこおりなく西へ流れて行く」

 外を見出だして、すこし傾きたまへるほど、似るものなくうつくしげなり。髪ざし、面様の、恋ひきこゆる人の面影にふとおぼえて、めでたければ、いささか分くる御心もとり重ねつべし。鴛鴦のうち鳴きたるに、

 外の方を御覧になって、少し姿勢を傾けていらっしゃるところ、似る者がないほどかわいらしげである。髪の具合、顔立ちが、恋い慕い申し上げている方の面影のようにふと思われて、素晴らしいので、少しは他に分けていらっしゃったご寵愛もあらためてお加えになることであろう。鴛鴦がちょっと鳴いたので、

 「かきつめて昔恋しき雪もよに

   あはれを添ふる鴛鴦の浮寝か」

 「何もかも昔のことが恋しく思われる雪の夜に

しみじみと思い出させる鴛鴦の鳴き声であることよ」

 入りたまひても、宮の御ことを思ひつつ大殿籠もれるに、夢ともなくほのかに見たてまつる、いみじく恨みたまへる御けしきにて、

 お入りになっても、宮のことを思いながらお寝みになっていると、夢ともなくかすかにお姿を拝するが、たいそうお怨みになっていらっしゃるご様子で、

 「漏らさじとのたまひしかど、憂き名の隠れなかりければ、恥づかしう、苦しき目を見るにつけても、つらくなむ」

 「漏らさないとおっしゃったが、つらい噂は隠れなかったので、恥ずかしく、苦しい目に遭うにつけ、つらい」

 とのたまふ。御応へ聞こゆと思すに、襲はるる心地して、女君の、

 とおっしゃる。お返事を申し上げるとお思いになった時、ものに襲われるような気がして、女君が、

 「こは、など、かくは」

 「これは、どうなさいました、このように」

 とのたまふに、おどろきて、いみじく口惜しく、胸のおきどころなく騒げば、抑へて、涙も流れ出でにけり。今も、いみじく濡らし添へたまふ。

 とおっしゃったのに、目が覚めて、ひどく残念で、胸の置きどころもなく騒ぐので、じっと抑えて、涙までも流していたのであった。今もなお、ひどくお濡らし加えになっていらっしゃる。

 女君、いかなることにかと思すに、うちもみじろかで臥したまへり。

 女君が、どうしたことかとお思いになるので、身じろぎもしないで横になっていらっしゃった。

 「とけて寝ぬ寝覚さびしき冬の夜に

   むすぼほれつる夢の短さ」

 「安らかに眠られずふと寝覚めた寂しい冬の夜に

   見た夢の短かかったことよ」



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