第三章 紫の君の物語 冬の雪の夜の孤影
5. 源氏、藤壺を供養す
本文 |
現代語訳 |
なかなか飽かず、悲しと思すに、とく起きたまひて、さとはなくて、所々に御誦経などせさせたまふ。 |
かえって心満たされず、悲しくお思いになって、早くお起きになって、それとは言わず、所々の寺々に御誦経などをおさせになる。 |
「苦しき目見せたまふと、恨みたまへるも、さぞ思さるらむかし。行なひをしたまひ、よろづに罪軽げなりし御ありさまながら、この一つことにてぞ、この世の濁りをすすいたまはざらむ」 |
「苦しい目にお遭いになっていると、お怨みになったが、きっとそのようにお恨みになってのことなのだろう。勤行をなさり、さまざまに罪障を軽くなさったご様子でありながら、自分との一件で、この世の罪障をおすすぎになれなかったのだろう」 |
と、ものの心を深く思したどるに、いみじく悲しければ、 |
と、ものの道理を深くおたどりになると、ひどく悲しくて、 |
「何わざをして、知る人なき世界におはすらむを、訪らひきこえに参うでて、罪にも代はりきこえばや」 |
「どのような方法をしてでも、誰も知る人のいない冥界にいらっしゃるのを、お見舞い申し上げて、その罪にも代わって差し上げたい」 |
など、つくづくと思す。 |
などと、つくづくとお思いになる。 |
「かの御ために、とり立てて何わざをもしたまはむは、人とがめきこえつべし。内裏にも、御心の鬼に思すところやあらむ」 |
「あのお方のために、特別に何かの法要をなさるのは、世間の人が不審に思い申そう。主上におかれても、良心の呵責にお悟りになるかもしれない」 |
と、思しつつむほどに、阿弥陀仏を心にかけて念じたてまつりたまふ。「同じ蓮に」とこそは、 |
と、気がねなさるので、阿弥陀仏を心に浮かべてお念じ申し上げなさる。「同じ蓮の上に」と思って、 |
「亡き人を慕ふ心にまかせても 影見ぬ三つの瀬にや惑はむ」 |
「亡くなった方を恋慕う心にまかせてお尋ねしても その姿も見えない三途の川のほとりで迷うことであろうか」 |
と思すぞ、憂かりけるとや。 |
とお思いになるのは、つらい思いであったとか。 |