第一章 朝顔姫君の物語 藤壷代償の恋の諦め
2. 源氏、朝顔姫君を諦める
本文 |
現代語訳 |
女五の宮の御方にも、かやうに折過ぐさず聞こえたまへば、いとあはれに、 |
女五の宮の御方にも、このように機会を逃さずお見舞い申し上げるので、とても感心して、 |
「この君の、昨日今日の稚児と思ひしを、かくおとなびて、訪らひたまふこと。容貌のいともきよらなるに添へて、心さへこそ人にはことに生ひ出でたまへれ」 |
「この君が、昨日今日までは子供と思っていましたのに、このように成人されて、お見舞いくださるとは。容貌のとても美しいのに加えて、気立てまでが人並み以上にすぐれていらっしゃいます」 |
と、ほめきこえたまふを、若き人びとは笑ひきこゆ。 |
とお褒め申し上げるのを、若い女房たちは苦笑申し上げる。 |
こなたにも対面したまふ折は、 |
こちらの方にもお目にかかりなさる時には、 |
「この大臣の、かくいとねむごろに聞こえたまふめるを、何か、今始めたる御心ざしにもあらず。故宮も、筋異になりたまひて、え見たてまつりたまはぬ嘆きをしたまひては、思ひ立ちしことをあながちにもて離れたまひしことなど、のたまひ出でつつ、悔しげにこそ思したりし折々ありしか。 |
「この大臣が、このように心をこめてお手紙を差し上げなさるようですが、どうしてか、今に始まった軽いお気持ちではありません。亡くなられた宮も、その関係が違ってしまわれて、お世話申し上げることができなくなったとお嘆きになっては、考えていたことを無理にお断りになったことだなどと、おっしゃっては、後悔していらっしゃったことがよくありました。 |
されど、故大殿の姫君ものせられし限りは、三の宮の思ひたまはむことのいとほしさに、とかく言添へきこゆることもなかりしなり。今は、そのやむごとなくえさらぬ筋にてものせられし人さへ、亡くなられにしかば、げに、などてかは、さやうにておはせましも悪しかるまじとうちおぼえはべるにも、さらがへりてかくねむごろに聞こえたまふも、さるべきにもあらむとなむ思ひはべる」 |
けれども、故大殿の姫君がいらっしゃった間は、三の宮がお気になさるのが気の毒さに、あれこれと言葉を添えることもなかったのです。今では、そのれっきとした奥方でいらした方まで、お亡くなりになってしまったので、ほんとに、どうしてご意向どおりになられたとしても悪くはあるまいと思われますにつけても、昔に戻ってこのように熱心におっしゃていただけるのも、そうなるはずであったのだろうと存じます」 |
など、いと古代に聞こえたまふを、心づきなしと思して、 |
などと、いかにも古風に申し上げなさるのを、気にそまぬとお思いになって、 |
「故宮にも、しか心ごはきものに思はれたてまつりて過ぎはべりにしを、今さらに、また世になびきはべらむも、いとつきなきことになむ」 |
「亡き父宮からも、そのように強情な者と思われてまいりましたが、今さらに、改めて結婚しようというのも、ひどくおかしなことでございます」 |
と聞こえたまひて、恥づかしげなる御けしきなれば、しひてもえ聞こえおもむけたまはず。 |
と申し上げなさって、気恥ずかしくなるようなきっぱりとしたご様子なので、無理にもお勧め申し上げることもできない。 |
宮人も、上下、みな心かけきこえたれば、世の中いとうしろめたくのみ思さるれど、かの御みづからは、わが心を尽くし、あはれを見えきこえて、人の御けしきのうちもゆるばむほどをこそ待ちわたりたまへ、さやうにあながちなるさまに、御心破りきこえむなどは、思さざるべし。 |
宮家に仕える人たちも、上下の女房たち、皆が心をお寄せ申していたので、縁談事を不安にばかりお思いになるが、かの当のご自身は、心のありったけを傾けて、愛情をお見せ申して、相手のお気持ちが揺らぐのをじっと待っていらっしゃるが、そのように無理してまで、お心を傷つけようなどとは、お考えにならないのであろう。 |