第一章 朝顔姫君の物語 藤壷代償の恋の諦め
1. 故藤壺の一周忌明ける
本文 |
現代語訳 |
年変はりて、宮の御果ても過ぎぬれば、世の中色改まりて、更衣のほどなども今めかしきを、まして祭のころは、おほかたの空のけしき心地よげなるに、前斎院はつれづれと眺めたまふを、前なる桂の下風、なつかしきにつけても、若き人びとは思ひ出づることどもあるに、大殿より、 |
年が変わって、宮の御一周忌も過ぎたので、世の人々の喪服が平常に戻って、衣更のころなどもはなやかであるが、それ以上に賀茂祭のころは、おおよその空模様も気分がよいのに、前斎院は所在なげに物思いに耽っていらっしゃるが、庭先の桂の木の下を吹く風、慕わしく感じられるにつけても、若い女房たちは思い出されることが多いところに、大殿から、 |
「御禊の日は、いかにのどやかに思さるらむ」 |
「御禊の日は、どのようにのんびりとお過ごしになりましたか」 |
と、訪らひきこえさせたまへり。 |
と、お見舞い申し上げなさった。 |
「今日は、 かけきやは川瀬の波もたちかへり 君が禊の藤のやつれを」 |
「今日は、 思いもかけませんでした 再びあなたが禊をなさろうとは」 |
紫の紙、立文すくよかにて、藤の花につけたまへり。折のあはれなれば、御返りあり。 |
紫色の紙、立て文にきちんとして、藤の花におつけになっていた。季節柄、感動をおぼえて、お返事がある。 |
「藤衣着しは昨日と思ふまに 今日は禊の瀬にかはる世を はかなく」 |
「喪服を着たのはつい昨日のことと思っておりましたのに もう今日はそれを脱ぐ禊をするとは、何と移り変わりの早い世の中ですこと はかなくて」 |
とばかりあるを、例の、御目止めたまひて見おはす。 |
とだけあるのを、例によって、お目を凝らして御覧になっていらっしゃる。 |
御服直しのほどなどにも、宣旨のもとに、所狭きまで、思しやれることどもあるを、院は見苦しきことに思しのたまへど、 |
喪服をお脱ぎになるころにも、宣旨のもとに、置き所もないほど、お心づかいの品々が届けられたのを、院は見苦しいこととお思いになりお口になさるが、 |
「をかしやかに、けしきばめる御文などのあらばこそ、とかくも聞こえ返さめ、年ごろも、おほやけざまの折々の御訪らひなどは聞こえならはしたまひて、いとまめやかなれば、いかがは聞こえも紛らはすべからむ」 |
「意味ありげな、色めかしいお手紙ならば、何とか申し上げてご辞退するのですが、長年、表向きの折々のお見舞いなどはお馴れ申し上げになっていて、とても真面目な内容なので、どのように言い紛らわしてお断り申したらよいだろうか」 |
と、もてわづらふべし。 |
と、困っているようである。 |