第二章 夕霧の物語 光る源氏の子息教育の物語
5. 大学寮試験の予備試験
本文 |
現代語訳 |
今は寮試受けさせむとて、まづ我が御前にて試みさせたまふ。 |
今では寮試を受けさせようとなさって、まずご自分の前で試験をさせなさる。 |
例の、大将、左大弁、式部大輔、左中弁などばかりして、御師の大内記を召して、『史記』の難き巻々、寮試受けむに、博士のかへさふべきふしぶしを引き出でて、一わたり読ませたてまつりたまふに、至らぬ句もなく、かたがたに通はし読みたまへるさま、爪じるし残らず、あさましきまでありがたければ、 |
いつものとおり、大将、左大弁、式部大輔、左中弁などばかり招いて、先生の大内記を呼んで、『史記』の難しい巻々を、寮試を受けるのに、博士が反問しそうなところどころを取り出して、ひととおりお読ませ申し上げなさると、不明な箇所もなく、諸説にわたって読み解かれるさまは、爪印もつかず、あきれるほどよくできるので、 |
「さるべきにこそおはしけれ」 |
「お生まれが違っていらっしゃるのだ」 |
と、誰も誰も、涙落としたまふ。大将は、まして、 |
と、皆が皆、涙を流しなさる。大将は、誰にもまして、 |
「故大臣おはせましかば」 |
「亡き大臣が生きていらっしゃったら」 |
と、聞こえ出でて泣きたまふ。殿も、え心強うもてなしたまはず、 |
と、口に出されて、お泣きになる。殿も、我慢がおできになれず、 |
「人のうへにて、かたくななりと見聞きはべりしを、子のおとなぶるに、親の立ちかはり痴れゆくことは、いくばくならぬ齢ながら、かかる世にこそはべりけれ」 |
「他人のことで、愚かで見苦しいと見聞きしておりましたが、子が大きくなっていく一方で、親が代わって愚かになっていくことは、たいした年齢ではありませんが、世の中とはこうしたものなのだなあ」 |
などのたまひて、おし拭ひたまふを見る御師の心地、うれしく面目ありと思へり。 |
などとおっしゃって、涙をお拭いになるのを見る先生の気持ち、嬉しく面目をほどこしたと思った。 |
大将、盃さしたまへば、いたう酔ひ痴れてをる顔つき、いと痩せ痩せなり。 |
大将が、杯をおさしになると、たいそう酔っぱらっている顔つきは、とても痩せ細っている。 |
世のひがものにて、才のほどよりは用ゐられず、すげなくて身貧しくなむありけるを、御覧じ得るところありて、かくとりわき召し寄せたるなりけり。 |
大変な変わり者で、学問のわりには登用されず、顧みられなくて貧乏でいたのであったが、お目に止まるところがあって、このように特別に召し出したのであった。 |
身に余るまで御顧みを賜はりて、この君の御徳に、たちまちに身を変へたると思へば、まして行く先は、並ぶ人なきおぼえにぞあらむかし。 |
身に余るほどのご愛顧を頂戴して、この若君のおかげで、急に生まれ変わったようになったと思うと、今にまして将来は、並ぶ者もない声望を得るであろうよ。 |