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乙女

第三章 光る源氏周辺の人々の物語 内大臣家の物語

3. 内大臣、大宮邸に参上

 

本文

現代語訳

 所々の大饗どもも果てて、世の中の御いそぎもなく、のどやかになりぬるころ、時雨うちして、荻の上風もただならぬ夕暮に、大宮の御方に、内大臣参りたまひて、姫君渡しきこえたまひて、御琴など弾かせたてまつりたまふ。宮は、よろづのものの上手におはすれば、いづれも伝へたてまつりたまふ。

 あちらとこちらの新任の大饗の宴が終わって、朝廷の御用もなく、のんびりとしていたころ、時雨がさあっと降って、荻の上風もしみじみと感じられる夕暮に、大宮のお部屋に、内大臣が参上なさって、姫君をそこへお呼びになって、お琴などをお弾かせなさる。大宮は、何事も上手でいらっしゃるので、それらをみなお教えになる。

 「琵琶こそ、女のしたるに憎きやうなれど、らうらうじきものにはべれ。今の世にまことしう伝へたる人、をさをさはべらずなりにたり。何の親王、くれの源氏」

 「琵琶は、女性が弾くには見にくいようだが、いかにも達者な感じがするものです。今の世に、正しく弾き伝えている人は、めったにいなくなってしまいました。何々親王、何々の源氏とか」

 など数へたまひて、

 などとお数えになって、

 「女の中には、太政大臣の、山里に籠め置きたまへる人こそ、いと上手と聞きはべれ。物の上手の後にはべれど、末になりて、山賤にて年経たる人の、いかでさしも弾きすぐれけむ。かの大臣、いと心ことにこそ思ひてのたまふ折々はべれ。こと事よりは、遊びの方の才はなほ広う合はせ、かれこれに通はしはべるこそ、かしこけれ、独り事にて、上手となりけむこそ、珍しきことなれ」

 「女性の中では、太政大臣が山里に隠しおいていらっしゃる人が、たいそう上手だと聞いております。音楽の名人の血筋ではありますが、子孫の代になって、田舎生活を長年していた人が、どうしてそのように上手に弾けたのでしょう。あの大臣が、ことの他上手な人だと思っておっしゃったことがありました。他の芸とは違って、音楽の才能はやはり広くいろんな人と合奏をし、あれこれの楽器に調べを合わせてこそ、立派になるものですが、独りで学んで、上手になったというのは珍しいことです」

 などのたまひて、宮にそそのかしきこえたまへば、

 などとおっしゃって、大宮にお促し申し上げになると、

 「柱さすことうひうひしくなりにけりや」

 「柱を押さえることが久しぶりになってしまいました」

 とのたまへど、おもしろう弾きたまふ。

 とおっしゃったが、美しくお弾きになる。

 「幸ひにうち添へて、なほあやしうめでたかりける人なりや。老いの世に、持たまへらぬ女子をまうけさせたてまつりて、身に添へてもやつしゐたらず、やむごとなきに譲れる心おきて、こともなかるべき人なりとぞ聞きはべる」

 「ご幸運な上に、さらにやはり不思議なほど立派な方なのですね。お年をとられた今までに、お持ちでなかった女の子をお生み申されて、側に置いてみすぼらしくするでなく、れっきとしたお方にお預けした考えは、申し分のない人だと聞いております」

 など、かつ御物語聞こえたまふ。

 などと、一方ではお話し申し上げなさる。



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