第三章 光る源氏周辺の人々の物語 内大臣家の物語
4. 弘徽殿女御の失意
本文 |
現代語訳 |
「女はただ心ばせよりこそ、世に用ゐらるるものにはべりけれ」 |
「女性はただ心がけによって、世間から重んじられるものでございますね」 |
など、人の上のたまひ出でて、 |
などと、他人の身の上についてお話し出されて、 |
「女御を、けしうはあらず、何ごとも人に劣りては生ひ出でずかしと思ひたまへしかど、思はぬ人におされぬる宿世になむ、世は思ひのほかなるものと思ひはべりぬる。この君をだに、いかで思ふさまに見なしはべらむ。春宮の御元服、ただ今のことになりぬるをと、人知れず思うたまへ心ざしたるを、かういふ幸ひ人の腹の后がねこそ、また追ひ次ぎぬれ。立ち出でたまへらむに、ましてきしろふ人ありがたくや」 |
「弘徽殿の女御を、悪くはなく、どんなことでも他人には負けまいと存じておりましたが、思いがけない人に負けてしまった運命に、この世は案に相違したものだと存じました。せめてこの姫君だけは、何とか思うようにしたいものです。東宮の御元服は、もうすぐのことになったと、ひそかに期待していたのですが、あのような幸福者から生まれたお后候補者が、また後から追いついてきました。入内なさったら、まして対抗できる人はいないのではないでしょうか」 |
とうち嘆きたまへば、 |
とお嘆きになると、 |
「などか、さしもあらむ。この家にさる筋の人出でものしたまはで止むやうあらじと、故大臣の思ひたまひて、女御の御ことをも、ゐたちいそぎたまひしものを。おはせましかば、かくもてひがむることもなからまし」 |
「どうして、そのようなことがありましょうか。この家にもそのような人がいないで終わってしまうようなことはあるまいと、亡くなった大臣が思っていらっしゃって、女御の御ことも、熱心に奔走なさったのでしたが。生きていらっしゃったならば、このように筋道の通らぬこともなかったでしょうに」 |
など、この御ことにてぞ、太政大臣をも恨めしげに思ひきこえたまへる。 |
などと、あの一件では、太政大臣を恨めしくお思い申し上げていらっしゃった。 |
姫君の御さまの、いときびはにうつくしうて、箏の御琴弾きたまふを、御髪のさがり、髪ざしなどの、あてになまめかしきをうちまもりたまへば、恥ぢらひて、すこしそばみたまへるかたはらめ、つらつきうつくしげにて、取由の手つき、いみじう作りたる物の心地するを、宮も限りなくかなしと思したり。掻きあはせなど弾きすさびたまひて、押しやりたまひつ。 |
姫君のご様子が、とても子どもっぽくかわいらしくて、箏のお琴をお弾きになっていらっしゃるが、お髪の下り端、髪の具合などが、上品で艶々としてしているのをじっと見ていらっしゃると、恥ずかしく思って、少し横をお向きになった横顔、その恰好がかわいらしげで、取由の手つきが、非常にじょうずに作った人形のような感じがするので、大宮もこの上なくかわいいと思っていらっしゃった。調子合わせのための小曲などを軽くお弾きになって、押しやりなさった。 |