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乙女

第三章 光る源氏周辺の人々の物語 内大臣家の物語

6. 内大臣、雲居雁の噂を立ち聞く

 

本文

現代語訳

 大臣出でたまひぬるやうにて、忍びて人にもののたまふとて立ちたまへりけるを、やをらかい細りて出でたまふ道に、かかるささめき言をするに、あやしうなりたまひて、御耳とどめたまへば、わが御うへをぞ言ふ。

 内大臣はお帰りになったふうにして、こっそりと女房を相手なさろうと座をお立ちになったのだが、そっと身を細めてお帰りになる途中で、このようなひそひそ話をしているので、妙にお思いになって、お耳をとめなさると、ご自分の噂をしている。

 「かしこがりたまへど、人の親よ。おのづから、おれたることこそ出で来べかめれ」

 「えらそうにしていらっしゃるが、人の親ですよ。いずれ、ばかばかしく後悔することが起こるでしょう」

 「子を知るといふは、虚言なめり」

 「子を知っているのは親だというのは、嘘のようですね」

 などぞ、つきしろふ。

 などと、こそこそと噂し合う。

 「あさましくもあるかな。さればよ。思ひ寄らぬことにはあらねど、いはけなきほどにうちたゆみて。世は憂きものにもありけるかな」

 「あきれたことだ。やはりそうであったのか。思いよらないことではなかったが、子供だと思って油断しているうちに。世の中は何といやなものであるな」

 と、けしきをつぶつぶと心得たまへど、音もせで出でたまひぬ。

 と、ことの子細をつぶさに了解なさったが、音も立てずにお出になった。

 御前駆追ふ声のいかめしきにぞ、

 前駆の先を払う声が盛んに聞こえるので、

 「殿は、今こそ出でさせたまひけれ」

 「殿は、今お帰りあそばしたのだわ」

 「いづれの隈におはしましつらむ」

 「どこに隠れていらっしゃったのかしら」

 「今さへかかるあだけこそ」

 「今でもこんな浮気をなさるとは」

 と言ひあへり。ささめき言の人びとは、

 と言い合っている。ひそひそ話をした女房たちは、

 「いとかうばしき香のうちそよめき出でつるは、冠者の君のおはしつるとこそ思ひつれ」

 「とても香ばしい匂いがしてきたのは、冠者の君がいらっしゃるのだとばかり思っていましたわ」

 「あな、むくつけや。しりう言や、ほの聞こしめしつらむ。わづらはしき御心を」

 「まあ、いやだわ。陰口をお聞きになったかしら。厄介なご気性だから」

 と、わびあへり。

 と、皆困り合っていた。

 殿は、道すがら思すに、

 殿は、道中お考えになることに、

 「いと口惜しく悪しきことにはあらねど、めづらしげなきあはひに、世人も思ひ言ふべきこと。大臣の、しひて女御をおし沈めたまふもつらきに、わくらばに、人にまさることもやとこそ思ひつれ、ねたくもあるかな」

 「まったく問題にならない悪いことではないが、ありふれた親戚どうしの結婚で、世間の人もきっとそう取り沙汰するに違いないことだ。大臣が、強引に女御を抑えなさっているのも癪なのに、ひょっとして、この姫君が相手に勝てることがあろうかも知れないと思っていたが、くやしいことだ」

 と思す。殿の御仲の、おほかたには昔も今もいとよくおはしながら、かやうの方にては、挑みきこえたまひし名残も思し出でて、心憂ければ、寝覚がちにて明かしたまふ。

 とお思いになる。殿どうしのお仲は、普通のことでは昔も今もたいそう仲よくいらっしゃりながら、このような方面では、競争申されたこともお思い出しになって、おもしろくないので、寝覚めがちに夜をお明かしになる。

 「大宮をも、さやうのけしきには御覧ずらむものを、世になくかなしくしたまふ御孫にて、まかせて見たまふならむ」

 「大宮だって、そのような様子は御存じであろうに、たいへんにかわいがっていらっしゃるお孫たちなので、好きなようにさせていらっしゃるのだろう」

 と、人びとの言ひしけしきを、ねたしと思すに、御心動きて、すこし男々しくあざやぎたる御心には、静めがたし。

 と、女房たちが言っていた様子を、いまいましいとお思いになると、お心が穏やかでなくなって、少し男らしく事をはっきりさせたがるご気性にとっては、抑えがたい。



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