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乙女

第五章 夕霧の物語 幼恋の物語

2. 内大臣、弘徽殿女御を退出させる

 

本文

現代語訳

 大臣は、そのままに参りたまはず、宮をいとつらしと思ひきこえたまふ。北の方には、かかることなむと、けしきも見せたてまつりたまはず、ただおほかた、いとむつかしき御けしきにて、

 内大臣は、あれ以来参上なさらず、大宮をひどいとお思い申していらっしゃる。北の方には、このようなことがあったとは、そぶりにもお見せ申されず、ただ何かにつけて、とても不機嫌なご様子で、

 「中宮のよそほひことにて参りたまへるに、女御の世の中思ひしめりてものしたまふを、心苦しう胸いたきに、まかでさせたてまつりて、心やすくうち休ませたてまつらむ。さすがに、主上につとさぶらはせたまひて、夜昼おはしますめれば、ある人びとも心ゆるびせず、苦しうのみわぶめるに」

 「中宮が格別に威儀を整えて参内なさったのに対して、わが女御が将来を悲嘆していらっしゃるのが、気の毒に胸が痛いので、里に退出おさせ申して、気楽に休ませて上げましょう。立后しなかったとはいえ、主上のお側にずっと伺候なさって、昼夜おいでのようですから、仕えている女房たちも気楽になれず、苦しがってばかりいるようですから」

 とのたまひて、にはかにまかでさせたてまつりたまふ。御暇も許されがたきを、うちむつかりたまて、主上はしぶしぶに思し召したるを、しひて御迎へしたまふ。

 とおっしゃって、急に里にご退出させ申し上げなさる。お許しは難しかったが、無理をおっしゃって、主上はしぶしぶでおありであったのを、むりやりお迎えなさる。

 「つれづれに思されむを、姫君渡して、もろともに遊びなどしたまへ。宮に預けたてまつりたる、うしろやすけれど、いとさくじりおよすけたる人立ちまじりて、おのづから気近きも、あいなきほどになりにたればなむ」

 「所在なくていらっしゃるでしょうから、姫君を迎えて、一緒に遊びなどなさい。大宮にお預け申しているのは、安心なのですが、たいそう小賢しくませた人が一緒なので、自然と親しくなるのも、困った年頃になったので」

 と聞こえたまひて、にはかに渡しきこえたまふ。

  宮、いとあへなしと思して、

 とお申し上げなさって、急にお引き取りになさる。

  大宮は、とても気落ちなさって、

 「ひとりものせられし女亡くなりたまひてのち、いとさうざうしく心細かりしに、うれしうこの君を得て、生ける限りのかしづきものと思ひて、明け暮れにつけて、老いのむつかしさも慰めむとこそ思ひつれ、思ひのほかに隔てありて思しなすも、つらく」

 「一人いらした女の子がお亡くなりになって以来、とても寂しく心細かったのが、うれしいことにこの姫君を得て、生きている間中お世話できる相手と思って、朝な夕なに、老後の憂さつらさの慰めにしようと思っていましたが、心外にも心隔てを置いてお思いになるのも、つらく思われます」

 など聞こえたまへば、うちかしこまりて、

 などとお申し上げなさると、恐縮して、

 「心に飽かず思うたまへらるることは、しかなむ思うたまへらるるとばかり聞こえさせしになむ。深く隔て思ひたまふることは、いかでかはべらむ。

 「心中に不満に存じられますことは、そのように存じられますと申し上げただけでございます。深く隔意もってお思い申し上げることはどうしていたしましょう。

 内裏にさぶらふが、世の中恨めしげにて、このころまかでてはべるに、いとつれづれに思ひて屈しはべれば、心苦しう見たまふるを、もろともに遊びわざをもして慰めよと思うたまへてなむ、あからさまにものしはべる」とて、「育み、人となさせたまへるを、おろかにはよも思ひきこえさせじ」

  宮中に仕えております姫君が、ご寵愛が恨めしい様子で、最近退出おりますが、とても所在なく沈んでおりますので、気の毒に存じますので、一緒に遊びなどをして慰めようと存じまして、ほんの一時引き取るのでございます」と言って、「お育てくださり、一人前にしてくださったのを、けっしていいかげんにはお思い申しておりません」

 と申したまへば、かう思し立ちにたれば、止めきこえさせたまふとも、思し返すべき御心ならぬに、いと飽かず口惜しう思されて、

 と申し上げなさると、このようにお思いたちになった以上は、引き止めようとなさっても、お考え直されるご性質ではないので、大変に残念にお思いになって、

 「人の心こそ憂きものはあれ。とかく幼き心どもにも、われに隔てて疎ましかりけることよ。また、さもこそあらめ、大臣の、ものの心を深う知りたまひながら、われを怨じて、かく率て渡したまふこと。かしこにて、これよりうしろやすきこともあらじ」

 「人の心とは嫌なものです。あれこれにつけ幼い子どもたちも、わたしに隠し事をして嫌なことですよ。また一方で、子どもとはそのようなものでしょうが、内大臣が、思慮分別がおありになりながら、わたしを恨んで、このように連れて行っておしまいになるとは。あちらでは、ここよりも安心なことはあるまいに」

 と、うち泣きつつのたまふ。

 と、泣きながらおっしゃる。



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