第七章 光る源氏の物語 六条院造営
3. 源氏、六条院造営を企図す
本文 |
現代語訳 |
大殿、静かなる御住まひを、同じくは広く見どころありて、ここかしこにておぼつかなき山里人などをも、集へ住ませむの御心にて、六条京極のわたりに、中宮の御古き宮のほとりを、四町をこめて造らせたまふ。 |
大殿は、静かなお住まいを、同じことなら広く立派にして、あちこちに別居して気がかりな山里人などをも、集め住まわせようとのお考えで、六条京極の辺りに、中宮の御旧居の近辺を、四町をいっぱいにお造りになる。 |
式部卿宮、明けむ年ぞ五十になりたまひける御賀のこと、対の上思しまうくるに、大臣も、「げに、過ぐしがたきことどもなり」と思して、「さやうの御いそぎも、同じくめづらしからむ御家居にて」と、いそがせたまふ。 |
式部卿宮が、明年五十歳におなりになる御賀のことを、対の上がお考えなので、大臣も、「なるほど、見過ごすわけにはいかない」とお思いになって、「そのようなご準備も、同じことなら新しい邸で」と、用意させなさる。 |
年返りて、ましてこの御いそぎのこと、御としみのこと、楽人、舞人の定めなどを、御心に入れていとなみたまふ。経、仏、法事の日の装束、禄などをなむ、上はいそがせたまひける。 |
年が改まってからは、昨年以上にこのご準備の事、御精進落としの事、楽人、舞人の選定などを、熱心に準備させなさる。経、仏像、法事の日の装束、禄などを、対の上はご準備なさるのだった。 |
東の院に、分けてしたまふことどもあり。御なからひ、ましていとみやびかに聞こえ交はしてなむ、過ぐしたまひける。 |
東の院で、分担してご準備なさることがある。ご間柄は、いままで以上にとても優美にお手紙のやりとりをなさって、お過ごしになっているのであった。 |
世の中響きゆすれる御いそぎなるを、式部卿宮にも聞こしめして、 |
世間中が大騒ぎしているご準備なので、式部卿宮のお耳にも入って、 |
「年ごろ、世の中にはあまねき御心なれど、このわたりをばあやにくに情けなく、事に触れてはしたなめ、宮人をも御用意なく、愁はしきことのみ多かるに、つらしと思ひ置きたまふことこそはありけめ」 |
「長年の間、世間に対しては広大なお心であるが、わたくしどもには理不尽にも冷たくて、何かにつけて辱め、宮人に対してもお心配りがなく、嫌なことばかり多かったのだが、恨めしいと思うことがあったのだろう」 |
と、いとほしくもからくも思しけるを、かくあまたかかづらひたまへる人びと多かるなかに、取りわきたる御思ひすぐれて、世に心にくくめでたきことに、思ひかしづかれたまへる御宿世をぞ、わが家まではにほひ来ねど、面目に思すに、また、 |
と、お気の毒にもまたつらくもお思いであったが、このように数多くの女性関係の中で、特別のご寵愛があって、まことに奥ゆかしく結構な方として、大切にされていらっしゃるご運命を、自分の家までは及んで来ないが、名誉にお思いになると、また、 |
「かくこの世にあまるまで、響かし営みたまふは、おぼえぬ齢の末の栄えにもあるべきかな」 |
「このように世間の評判となるまで、大騒ぎしてご準備なさるのは、思いがけない晩年の慶事だ」 |
と喜びたまふを、北の方は、「心ゆかず、ものし」とのみ思したり。女御、御まじらひのほどなどにも、大臣の御用意なきやうなるを、いよいよ恨めしと思ひしみたまへるなるべし。 |
と、お喜びになるのを、北の方は、「おもしろくなく、不愉快だ」とばかりお思いであった。王女御の、ご入内の折などにも、大臣のご配慮がなかったようなのを、ますます恨めしいと思い込んでいらっしゃるのであろう。 |