第一章 玉鬘の物語 筑紫流離の物語
2. 玉鬘一行、筑紫へ下向
本文 |
現代語訳 |
母君の御行方を知らむと、よろづの神仏に申して、夜昼泣き恋ひて、さるべき所々を尋ねきこえけれど、つひにえ聞き出でず。 |
母君のお行方を知りたいと思って、いろいろの神仏に願掛け申して、夜昼となく泣き恋い焦がれて、心当たりの所々をお探し申したが、結局お訪ね当てることができない。 |
「さらばいかがはせむ。若君をだにこそは、御形見に見たてまつらめ。あやしき道に添へたてまつりて、遥かなるほどにおはせむことの悲しきこと。なほ、父君にほのめかさむ」 と思ひけれど、さるべきたよりもなきうちに、 |
「それではどうしようもない。せめて若君だけでも、母君のお形見としてお世話申しそう。鄙の道にお連れ申して、遠い道中をおいでになることもおいたわしいこと。やはり、父君にそれとなくお話し申し上げよう」 と思ったが、適当なつてもないうちに、 |
「母君のおはしけむ方も知らず、尋ね問ひたまはば、いかが聞こえむ」 「まだ、よくも見なれたまはぬに、幼き人をとどめたてまつりたまはむも、うしろめたかるべし」 「知りながら、はた、率て下りねと許したまふべきにもあらず」 |
「母君のいられる所も知らないで、お訪ねになられたら、どのようにお返事申し上げられようか」 「まだ、十分に見慣れていられないのに、幼い姫君をお手許にお引き取り申すされるのも、やはり不安でしょう」 「お知りになりながら、またやはり、筑紫へ連れて下ってよいとは、お許しになるはずもありますまい」 |
など、おのがじし語らひあはせて、いとうつくしう、ただ今から気高くきよらなる御さまを、ことなるしつらひなき舟に乗せて漕ぎ出づるほどは、いとあはれになむおぼえける。 |
などと、お互いに相談し合って、とてもかわいらしく、今から既に気品があってお美しいご器量を、格別の設備もない舟に乗せて漕ぎ出す時は、とても哀れに思われた。 |
幼き心地に、母君を忘れず、折々に、 |
子供心にも、母君のことを忘れず、時々、 |
「母の御もとへ行くか」 |
「母君様の所へ行くの」 |
と問ひたまふにつけて、涙絶ゆる時なく、娘どもも思ひこがるるを、「舟路ゆゆし」と、かつは諌めけり。 |
とお尋ねになるにつけて、涙の止まる時がなく、娘たちも思い焦がれているが、「舟路に不吉だ」と、泣く一方では制ちのであった。 |
おもしろき所々を見つつ、 |
美しい場所をあちこち見ながら、 |
「心若うおはせしものを、かかる路をも見せたてまつるものにもがな」 「おはせましかば、われらは下らざらまし」 |
「気の若い方でいらしたが、こうした道中をお見せ申し上げたかったですね」 「いいえ、いらっしゃいましたら、私たちは下ることもなかったでしょうに」 |
と、京の方を思ひやらるるに、帰る浪もうらやましく、心細きに、舟子どもの荒々しき声にて、 |
と、都の方ばかり思いやられて、寄せては返す波も羨ましく、かつ心細く思っている時に、舟子たちが荒々しい声で、 |
「うらがなしくも、遠く来にけるかな」 |
「物悲しくも、こんな遠くまで来てしまったよ」 |
と、歌ふを聞くままに、二人さし向ひて泣きけり。 |
と謡うのを聞くと、とたんに二人とも向き合って泣いたのであった。 |
「舟人もたれを恋ふとか大島の うらがなしげに声の聞こゆる」 |
「舟人も誰を恋い慕ってか大島の浦に 悲しい声が聞こえます」 |
「来し方も行方も知らぬ沖に出でて あはれいづくに君を恋ふらむ」 |
「来た方角もこれから進む方角も分からない沖に出て ああどちらを向いて女君を恋い求めたらよいのでしょう」 |
鄙の別れに、おのがじし心をやりて言ひける。 |
遠く都を離れて、それぞれに気慰めに詠むのであった。 |
金の岬過ぎて、「われは忘れず」など、世とともの言種になりて、かしこに到り着きては、まいて遥かなるほどを思ひやりて、恋ひ泣きて、この君をかしづきものにて、明かし暮らす。 夢などに、いとたまさかに見えたまふ時などもあり。同じさまなる女など、添ひたまうて見えたまへば、名残心地悪しく悩みなどしければ、 「なほ、世に亡くなりたまひにけるなめり」 と思ひなるも、いみじくのみなむ。 |
金の岬を過ぎても、「我は忘れず」などと、明けても暮れても口ぐせになって、あちらに到着してからは、まして遠くに来てしまったことを思いやって、恋い慕い泣いては、この姫君を大切にお世話申して、明かし暮らしている。 夢などに、ごく稀に現れなさる時などもある。同じ姿をした女などが、ご一緒にお見えになるので、その後に気分が悪く具合悪くなったりなどしたので、 「やはり、亡くなられたのだろう」 と諦める気持ちになるのも、とても悲しい思いである。 |