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玉 鬘

第二章 玉鬘の物語 大夫監の求婚と筑紫脱出        

1. 大夫の監の求婚          

 

本文

現代語訳

 大夫監とて、肥後国に族広くて、かしこにつけてはおぼえあり、勢ひいかめしき兵ありけり。むくつけき心のなかに、いささか好きたる心混じりて、容貌ある女を集めて見むと思ひける。この姫君を聞きつけて、

  「いみじきかたはありとも、我は見隠して持たらむ」

  と、いとねむごろに言ひかかるを、いとむくつけく思ひて、

  「いかで、かかることを聞かで、尼になりなむとす」

  と、言はせたれば、いよいよあやふがりて、おしてこの国に越え来ぬ。

 大夫の監といって、肥後の国に一族が広くいて、その地方では名声があって、勢い盛んな武士がいた。恐ろしい無骨者だがわずかに好色な心が混じっていて、美しい女性をたくさん集めて妻にしようと思っていた。この姫君の噂を聞きつけて、

  「ひどい不具なところがあっても、私は大目に見て妻にしたい」

  と、熱心に言い寄って来たが、とても恐ろしく思って、

  「どうかして、このようなお話には耳をかさないで、尼になってしまおうとするのに」

  と、言わせたところが、ますます気が気でなくなって、強引にこの国まで国境を越えてやって来た。

 この男子どもを呼びとりて、語らふことは、

  「思ふさまになりなば、同じ心に勢ひを交はすべきこと」

  など語らふに、二人は赴きにけり。

 この男の子たちを呼び寄せて、相談をもちかけて言うことには、

  「思い通りに結婚出来たら、同盟を結んで互いに力になろうよ」

  などと持ちかけると、二人はなびいてしまった。

 「しばしこそ、似げなくあはれと思ひきこえけれ、おのおの我が身のよるべと頼まむに、いと頼もしき人なり。これに悪しくせられては、この近き世界にはめぐらひなむや」

  「よき人の御筋といふとも、親に数まへられたてまつらず、世に知らでは、何のかひかはあらむ。この人のかくねむごろに思ひきこえたまへるこそ、今は御幸ひなれ」

  「さるべきにてこそは、かかる世界にもおはしけめ。逃げ隠れたまふとも、何のたけきことかはあらむ」

  「負けじ魂に、怒りなば、せぬことどもしてむ」

 「最初のうちは、不釣り合いでかわいそうだと思い申していましたが、我々それぞれが後ろ楯と頼りにするには、とても頼りがいのある人物です。この人に悪く睨まれては、この国近辺では暮らして行けるものではないでしょう」

  「高貴なお血筋の方といっても、親に子として扱っていただけず、また世間でも認めてもらえなければ、何の意味がありましょうや。この人がこんなに熱心にご求婚申していられるのこそ、今ではお幸せというものでしょう」

  「そのような前世からの縁があって、このような田舎までいらっしゃったのだろう。逃げ隠れなさろうとも、何のたいしたことがありましょうか」

  「負けん気を起こして、怒り出したら、とんでもないことをしかねません」

 と言ひ脅せば、「いといみじ」と聞きて、中の兄なる豊後介なむ、

 と脅し文句を言うので、「とてもひどい話だ」と聞いて、子供たちの中で長兄である豊後介は、

 「なほ、いとたいだいしく、あたらしきことなり。故少弐ののたまひしこともあり。とかく構へて、京に上げたてまつりてむ」

 「やはり、とても不都合な、口惜しいことだ。故少弍殿がご遺言されていたこともある。あれこれと手段を講じて、都へお上らせ申そう」

 と言ふ。娘どもも泣きまどひて、

 と言う。娘たちも悲嘆に泣き暮れて、

 「母君のかひなくてさすらへたまひて、行方をだに知らぬかはりに、人なみなみにて見たてまつらむとこそ思ふに」

  「さるものの中に混じりたまひなむこと」

 「母君が何とも言いようのない状態でどこかへ行ってしまわれて、その行方をすら知らないかわりに、人並に結婚させてお世話申そうと思っていたのに」

  「そのような田舎者の男と一緒になろうとは」

 と思ひ嘆くをも知らで、「我はいとおぼえ高き身」と思ひて、文など書きておこす。手などきたなげなう書きて、唐の色紙、香ばしき香に入れしめつつ、をかしく書きたりと思ひたる言葉ぞ、いとたみたりける。みづからも、この家の次郎を語らひとりて、うち連れて来たり。

 と言って嘆いているのも知らないで、「自分は大変に偉い人物と言われている身だ」と思って、懸想文などを書いてよこす。筆跡などは小奇麗に書いて、唐の色紙で香ばしい香を何度も何度も焚きしめた紙に、上手に書いたと思っている言葉が、いかにも田舎訛がまる出しなのであった。自分自身でも、この次男を仲間に引き入れて、連れ立ってやって来た。



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