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玉 鬘

第四章 光る源氏の物語 玉鬘を養女とする物語    

7. 源氏、玉鬘に対面する     

 

本文

現代語訳

 その夜、やがて大臣の君渡りたまへり。昔、光る源氏などいふ御名は、聞きわたりたてまつりしかど、年ごろのうひうひしさに、さしも思ひきこえざりけるを、ほのかなる大殿油に、御几帳のほころびよりはつかに見たてまつる、いとど恐ろしくさへぞおぼゆるや。

  渡りたまふ方の戸を、右近かい放てば、

 その夜、さっそく大臣の君がお渡りになった。その昔、光る源氏などといった評判は、始終お聞き知り申し上げていたが、長年都の生活に縁がなかったので、それほどともお思い申していなかったが、かすかな大殿油の光に、御几帳の隙間からわずかに拝見すると、ますます恐ろしいまでに思われるお美しさであるよ。

  お渡りになる方の戸を、右近が掛け金を外して開けると、

 「この戸口に入るべき人は、心ことにこそ」

 「この戸口から入れる人は、特別な気がしますね」

 と笑ひたまひて、廂なる御座についゐたまひて、

 とお笑いになって、廂の間のご座所に膝をおつきになって、

 「燈こそ、いと懸想びたる心地すれ。親の顔はゆかしきものとこそ聞け。さも思さぬか」

 「燈火は、とても懸想人めいた心地がするな。親の顔は見たいものと聞いている。そうお思いなさらないかね」

 とて、几帳すこし押しやりたまふ。わりなく恥づかしければ、そばみておはする様体など、いとめやすく見ゆれば、うれしくて、

 と言って、几帳を少し押しやりなさる。たまらなく恥ずかしいので、横を向いていらっしゃる姿態など、たいそう難なく見えるので、嬉しくて、

 「今すこし、光見せむや。あまり心にくし」

 「もう少し、明るくしてくれませんか。あまりに奥ゆかしすぎる」

 とのたまへば、右近、かかげてすこし寄す。

 とおっしゃるので、右近が、燈芯をかき立てて少し近付ける。

 「おもなの人や」

 「遠慮のない人だね」

 とすこし笑ひたまふ。げにとおぼゆる御まみの恥づかしげさなり。いささかも異人と隔てあるさまにものたまひなさず、いみじく親めきて、

 と少しお笑いになる。なるほど似ていると思われるお目もとの美しさである。少しも他人として隔て置くようにおっしゃらず、まことに実の親らしくして、

 「年ごろ御行方を知らで、心にかけぬ隙なく嘆きはべるを、かうて見たてまつるにつけても、夢の心地して、過ぎにし方のことども取り添へ、忍びがたきに、えなむ聞こえられざりける」

 「長年お行く方も知らないで、心から忘れる間もなく嘆いておりましたが、こうしてお目にかかれたにつけても、夢のような心地がして、過ぎ去った昔のことがいろいろと思い出されて、堪えがたくて、すらすらとお話もできないほどですね」

 とて、御目おし拭ひたまふ。まことに悲しう思し出でらる。御年のほど、数へたまひて、

 と言って、お目をお拭いになる。ほんとうに悲しく思い出さずにはいられない。お年のほど、お数えになって、

 「親子の仲の、かく年経たるたぐひあらじものを。契りつらくもありけるかな。今は、ものうひうひしく、若びたまふべき御ほどにもあらじを、年ごろの御物語など聞こえまほしきに、などかおぼつかなくは」

 「親子の仲で、このように長年会わずに過ぎた例はあるまいものを。宿縁のつらいことであったよ。今は、恥ずかしがって、子供っぽくなさるほどのお年でもあるまいから、長年のお話なども申し上げたいのだが、どうして何もおっしゃってくださらぬのか」

 と恨みたまふに、聞こえむこともなく、恥づかしければ、

 とお恨みになると、申し上げることもなく、恥ずかしいので、

 「脚立たず沈みそめはべりにけるのち、何ごともあるかなきかになむ」

 「幼いころに流浪するようになってから後、何ごとも頼りなく過ごして来ました」

 と、ほのかに聞こえたまふ声ぞ、昔人にいとよくおぼえて若びたりける。ほほ笑みて、

 と、かすかに申し上げなさるお声が、亡くなった母にたいそうよく似て若々しい感じであった。微笑して、

 「沈みたまひけるを、あはれとも、今は、また誰れかは」

 「苦労していらっしゃったのを、かわいそうにと、今は、わたしの他に誰が思いましょう」

 とて、心ばへいふかひなくはあらぬ御応へと思す。右近に、あるべきことのたまはせて、渡りたまひぬ。

 と言って、嗜みのほどは悪くはないとお思いになる。右近に、しかるべき事柄をお命じになって、出て行かれた。



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