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初音

第三章 光る源氏の物語 男踏歌    

1. 男踏歌、六条院に回り来る     

 

本文

現代語訳

 今年は男踏歌あり。内裏より朱雀院に参りて、次にこの院に参る。道のほど遠くなどして、夜明け方になりにけり。月の曇りなく澄みまさりて、薄雪すこし降れる庭のえならぬに、殿上人なども、物の上手多かるころほひにて、笛の音もいとおもしろう吹き立てて、この御前はことに心づかひしたり。御方々物見に渡りたまふべく、かねて御消息どもありければ、左右の対、渡殿などに、御局しつつおはさす。

 今年は男踏歌がある。内裏から朱雀院に参上して、次にこの六条院に参上する。道中が遠かったりなどして、明け方になってしまった。月が曇りなく澄みきって、薄雪が少し降った庭が何ともいえないほど素晴らしいところに、殿上人なども、音楽の名人が多いころなので、笛の音もたいそう美しく吹き鳴らして、殿の御前では特に気を配っていた。御婦人方が御覧に来られるように、前もってお便りがあったので、左右の対の屋、渡殿などに、それぞれお部屋を設けていらっしゃる。

 西の対の姫君は、寝殿の南の御方に渡りたまひて、こなたの姫君に御対面ありけり。上も一所におはしませば、御几帳ばかり隔てて聞こえたまふ。

 西の対の姫君は、寝殿の南の御方にお越しになって、こちらの姫君とご対面があった。紫の上もご一緒にいらっしゃったので、御几帳だけを隔て置いてご挨拶申し上げなさる。

 朱雀院の后の御方などめぐりけるほどに、夜もやうやう明けゆけば、水駅にてこと削がせたまふべきを、例あることより、ほかにさまことに加へて、いみじくもてはやさせたまふ。

 朱雀院の后宮の御方などを回っていったころに、夜もだんだんと明けていったので、水駅として簡略になさるはずのところを、例年の時よりも、特別に追加して、たいそう派手に饗応させなさる。

 影すさまじき暁月夜に、雪はやうやう降り積む。松風木高く吹きおろし、ものすさまじくもありぬべきほどに、青色のなえばめるに、白襲の色あひ、何の飾りかは見ゆる。

 白々とした明け方の月夜に、雪はだんだんと降り積もってゆく。松風が木高く吹き下ろして、興ざめしてしまいそうなころに、麹塵の袍が柔らかくなって、白襲の色合いは、何の飾り気も見えない。

 插頭の綿は、何の匂ひもなきものなれど、所からにやおもしろく、心ゆき、命延ぶるほどなり。

 插頭の綿は、何の色艶もないものだが、場所柄のせいか風流で、満足に感じられ、寿命も延びるような気がする。

 殿の中将の君、内の大殿の君達ぞ、ことにすぐれてめやすくはなやかなる。

 殿の中将の君や、内の大殿の公達は、大勢の中でも一段と勝れて立派に目立っている。

 ほのぼのと明けゆくに、雪やや散りて、そぞろ寒きに、「竹河」謡ひて、かよれる姿、なつかしき声々の、絵にも描きとどめがたからむこそ口惜しけれ。

 ほのぼのと明けて行くころ、雪が少し散らついて、何となく寒く感じられるころに、「竹河」を謡って寄り添い舞う姿、思いをそそる声々が、絵に描き止められないのが残念である。

 御方々、いづれもいづれも劣らぬ袖口ども、こぼれ出でたるこちたさ、物の色あひなども、曙の空に、春の錦たち出でにける霞のうちかと見えわたさる。あやしく心のうちゆく見物にぞありける。

 御夫人方は、どなたもどなたも負けない袖口が、こぼれ出ている仰々しさ、お召し物の色合いなども、曙の空に、春の錦が姿を現した霞の中かと見渡される。不思議に満足のゆく催し物であった。

 さるは、高巾子の世離れたるさま、寿詞の乱りがはしき、をこめきたることを、ことことしくとりなしたる、なかなか何ばかりのおもしろかるべき拍子も聞こえぬものを。例の、綿かづきわたりてまかでぬ。

 一方では、高巾子の憂世離れした様子、寿詞の騒々しい、滑稽なことも、大仰に取り扱って、かえって何ほどの面白いはずの曲節も聞こえなかったのだが。例によって、綿を一同頂戴して退出した。



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