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胡蝶

第三章 玉鬘の物語 夏の雨と養父の恋慕の物語    

3. 源氏、玉鬘を訪問し恋情を訴える    

 

本文

現代語訳

 雨のうち降りたる名残の、いとものしめやかなる夕つ方、御前の若楓、柏木などの、青やかに茂りあひたるが、何となく心地よげなる空を見い出したまひて、

 雨が少し降った後の、とてもしっとりした夕方、お庭先の若い楓や、柏木などが、青々と茂っているのが、何となく気持ちよさそうな空をお覗きになって、

 「和してまた清し」

 「和して且た清し」

 とうち誦じたまうて、まづ、この姫君の御さまの、匂ひやかげさを思し出でられて、例の、忍びやかに渡りたまへり。

 とお口ずさみなさって、まずは、この姫君のご様子の、つややかな美しさをお思い出しになられて、いつものように、ひっそりとお越しになった。

 手習などして、うちとけたまへりけるを、起き上がりたまひて、恥ぢらひたまへる顔の色あひ、いとをかし。なごやかなるけはひの、ふと昔思し出でらるるにも、忍びがたくて、

 手習いなどをして、くつろいでいらっしゃったが、起き上がりなさって、恥ずかしがっていらっしゃる顔の色の具合、とても美しい。物柔らかな感じが、ふと昔の母君を思い出さずにはいらっしゃれないのも、堪えきれなくて、

 「見そめたてまつりしは、いとかうしもおぼえたまはずと思ひしを、あやしう、ただそれかと思ひまがへらるる折々こそあれ。あはれなるわざなりけり。中将の、さらに昔ざまの匂ひにも見えぬならひに、さしも似ぬものと思ふに、かかる人もものしたまうけるよ」

 「初めてお会いした時は、とてもこんなにも似ていらっしゃるまいと思っていましたが、不思議と、まるでその人かと間違えられる時々が何度もありました。感慨無量です。中将が、少しも昔の母君の美しさに似ていないのに見慣れて、そんなにも親子は似ないものと思っていたが、このような方もいらっしゃったのですね」

 とて、涙ぐみたまへり。箱の蓋なる御果物の中に、橘のあるをまさぐりて、

 とおっしゃって、涙ぐんでいらっしゃった。箱の蓋にある果物の中に、橘の実があるのをいじりながら、

 「橘の薫りし袖によそふれば

   変はれる身とも思ほえぬかな

 「あなたを昔懐かしい母君と比べてみますと

   とても別の人とは思われません

 世とともの心にかけて忘れがたきに、慰むことなくて過ぎつる年ごろを、かくて見たてまつるは、夢にやとのみ思ひなすを、なほえこそ忍ぶまじけれ。思し疎むなよ」

 いつになっても心の中から忘れられないので、慰めることなくて過ごしてきた歳月だが、こうしてお世話できるのは夢かとばかり思ってみますが、やはり堪えることができません。お嫌いにならないでくださいよ」

 とて、御手をとらへたまへれば、女、かやうにもならひたまはざりつるを、いとうたておぼゆれど、おほどかなるさまにてものしたまふ。

 と言って、お手を握りなさるので、女は、このようなことに経験がおありではなかったので、とても不愉快に思われたが、おっとりとした態度でいらっしゃる。

 「袖の香をよそふるからに橘の

   身さへはかなくなりもこそすれ」

 「懐かしい母君とそっくりだと思っていただくと

私の身までが同じようにはかなくなってしまうかも知れません」

 むつかしと思ひてうつぶしたまへるさま、いみじうなつかしう、手つきのつぶつぶと肥えたまへる、身なり、肌つきのこまやかにうつくしげなるに、なかなかなるもの思ひ添ふ心地したまて、今日はすこし思ふこと聞こえ知らせたまひける。

 困ったと思ってうつ伏していらっしゃる姿、たいそう魅力的で、手つきのふっくらと肥っていらっしゃって、からだつき、肌つきがきめこまやかでかわいらしいので、かえって物思いの種になりそうな心地がなさって、今日は少し思っている気持ちをお耳に入れなさった。

 女は、心憂く、いかにせむとおぼえて、わななかるけしきもしるけれど、

 女は、つらくて、どうしようかしらと思われて、ぶるぶる震えている様子もはっきり分かるが、

 「何か、かく疎ましとは思いたる。いとよくも隠して、人に咎めらるべくもあらぬ心のほどぞよ。さりげなくてをもて隠したまへ。浅くも思ひきこえさせぬ心ざしに、また添ふべければ、世にたぐひあるまじき心地なむするを、この訪づれきこゆる人びとには、思し落とすべくやはある。いとかう深き心ある人は、世にありがたかるべきわざなれば、うしろめたくのみこそ」

 「どうして、そんなにお嫌いになるのですか。うまくうわべをつくろって、誰にも非難されないように配慮しているのですよ。何でもないようにお振る舞いなさい。いいかげんにはお思い申していません思いの上に、さらに新たな思いが加わりそうなので、世に類のないような心地がしますのに、この懸想文を差し上げる人々よりも、軽くお見下しになってよいものでしょうか。とてもこんなに深い愛情がある人は、世間にはいないはずなので、気がかりでなりません」

 とのたまふ。いとさかしらなる御親心なりかし。

 とおっしゃる。実にさしでがましい親心である。



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