第三章 玉鬘の物語 夏の雨と養父の恋慕の物語     
2. 源氏、紫の上に玉鬘を語る     
| 本文 | 現代語訳 | 
|  殿は、いとどらうたしと思ひきこえたまふ。上にも語り申したまふ。 |  殿は、ますますかわいいとお思い申し上げなさる。上にもお話し申し上げなさる。 | 
|  「あやしうなつかしき人のありさまにもあるかな。かのいにしへのは、あまりはるけどころなくぞありし。この君は、もののありさまも見知りぬべく、気近き心ざま添ひて、うしろめたからずこそ見ゆれ」 |  「不思議に人の心を惹きつける人柄であるよ。あの亡くなった人は、あまりにも気がはれるところがなかった。この君は、ものの道理もよく理解できて、人なつこい性格もあって、心配なく思われます」 | 
|  など、ほめたまふ。ただにしも思すまじき御心ざまを見知りたまへれば、思し寄りて、 |  などと、お褒めになる。ただではすみそうにないお癖をご存知でいらっしゃるので、思い当たりなさって、 | 
|  「ものの心得つべくはものしたまふめるを、うらなくしもうちとけ、頼みきこえたまふらむこそ、心苦しけれ」 |  「分別がおありでいらっしゃるらしいのに、すっかり気を許して、ご信頼申し上げていらっしゃるというのは、気の毒ですわ」 | 
|  とのたまへば、 |  とおっしゃると、 | 
|  「など、頼もしげなくやはあるべき」 |  「どうして、頼りにならないことがありましょうか」 | 
|  と聞こえたまへば、 |  とお答えなさるので、 | 
|  「いでや、われにても、また忍びがたう、もの思はしき折々ありし御心ざまの、思ひ出でらるるふしぶしなくやは」 |  「さあどうでしょうか、わたしでさえも、堪えきれずに、悩んだ折々があったお心が、思い出される節々がないではございませんでした」 | 
|  と、ほほ笑みて聞こえたまへば、「あな、心疾」とおぼいて、 |  と、微笑して申し上げなさると、「まあ、察しの早いことよ」と思われなさって、 | 
|  「うたても思し寄るかな。いと見知らずしもあらじ」 |  「嫌なことを邪推なさいますなあ。とても気づかずにはいない人ですよ」 | 
|  とて、わづらはしければ、のたまひさして、心のうちに、「人のかう推し量りたまふにも、いかがはあべからむ」と思し乱れ、かつは、ひがひがしう、けしからぬ我が心のほども、思ひ知られたまうけり。 |  と言って、厄介なので、言いさしなさって、心の中で、「上がこのように推量なさるのも、どうしたらよいものだろうか」とお悩みになり、また一方では、道に外れたよからぬ自分の心の程も、お分かりになるのであった。 | 
|  心にかかれるままに、しばしば渡りたまひつつ見たてまつりたまふ。 |  気にかかるままに、頻繁にお越しになってはお目にかかりなさる。 |