第三章 玉鬘の物語 夏の雨と養父の恋慕の物語
1. 源氏、玉鬘と和歌を贈答
本文 |
現代語訳 |
御前近き呉竹の、いと若やかに生ひたちて、うちなびくさまのなつかしきに、立ちとまりたまうて、 |
お庭先の呉竹が、たいそう若々しく伸びてきて、風になびく様子が愛らしいので、お立ち止まりになって、 |
「ませのうちに根深く植ゑし竹の子の おのが世々にや生ひわかるべき 思へば恨めしかべいことぞかし」 |
「邸の奥で大切に育てた娘も それぞれ結婚して出て行くわけか 思えば恨めしいことだ」 |
と、御簾を引き上げて聞こえたまへば、ゐざり出でて、 |
と、御簾を引き上げて申し上げなさると、膝行して出て来て、 |
「今さらにいかならむ世か若竹の 生ひ始めけむ根をば尋ねむ なかなかにこそはべらめ」 |
「今さらどんな場合にわたしの 実の親を探したりしましょうか かえって困りますことでしょう」 |
と聞こえたまふを、いとあはれと思しけり。さるは、心のうちにはさも思はずかし。いかならむ折聞こえ出でむとすらむと、心もとなくあはれなれど、この大臣の御心ばへのいとありがたきを |
とお答えなさるのを、たいそういじらしいとお思いになった。実のところ、心中ではそうは思っていないのである。どのような機会におっしゃって下さるのだろうかと、気がかりで胸の痛くなる思いでいたが、この大臣のお心のとても並々でないのを、 |
「親と聞こゆとも、もとより見馴れたまはぬは、えかうしもこまやかならずや」 |
「実の親と申し上げても、小さい時からお側にいなかった者は、とてもこんなにまで心をかけて下さらないのでは」 |
と、昔物語を見たまふにも、やうやう人のありさま、世の中のあるやうを見知りたまへば、いとつつましう、心と知られたてまつらむことはかたかるべう、思す。 |
と、昔物語をお読みになっても、だんだんと人の様子や、世間の有様がお分かりになって来ると、たいそう気がねして、自分から進んで実の親に知っていただくことは難しいだろう、とお思いになる。 |