第二章 玉鬘の物語 初夏の六条院に求婚者たち多く集まる
5. 源氏、求婚者たちを批評
本文 |
現代語訳 |
「かう何やかやと聞こゆるをも、思すところやあらむと、ややましきを、かの大臣に知られたてまつりたまはむことも、まだ若々しう何となきほどに、ここら年経たまへる御仲にさし出でたまはむことは、いかがと思ひめぐらしはべる。なほ世の人のあめる方に定まりてこそは、人びとしう、さるべきついでもものしたまはめと思ふを。 |
「このようにいろいろとご注意申し上げるのも、ご不快にお思いになることもあろうかと、気がかりですが、あの大臣に知っていただかれなさることも、まだ世間知らずで何の後楯もないままに、長年離れていた兄弟のお仲間入りをなさることは、どうかといろいろと思案しているのです。やはり世間の人が落ち着くようなところに落ち着けば、人並みの境遇で、しかるべき機会もおありだろうと思っていますよ。 |
宮は、独りものしたまふやうなれど、人柄いといたうあだめいて、通ひたまふ所あまた聞こえ、召人とか、憎げなる名のりする人どもなむ、数あまた聞こゆる。 |
宮は、独身でいらっしゃるようですが、人柄はたいそう浮気っぽくて、お通いになっている所が多いというし、召人とかいう憎らしそうな名の者が、数多くいるということです。 |
さやうならむことは、憎げなうて見直いたまはむ人は、いとようなだらかにもて消ちてむ。すこし心に癖ありては、人に飽かれぬべきことなむ、おのづから出で来ぬべきを、その御心づかひなむあべき。 |
そのようなことは、憎く思わず大目に見過されるような人なら、とてもよく穏便にすますでしょう。少し心に嫉妬の癖があっては、夫に飽きられてしまうことが、やがて生じて来ましょうから、そのお心づかいが大切です。 |
大将は、年経たる人の、いたうねび過ぎたるを、厭ひがてにと求むなれど、それも人びとわづらはしがるなり。さもあべいことなれば、さまざまになむ、人知れず思ひ定めかねはべる。 |
大将は、長年連れ添った北の方が、ひどく年を取ったのに、嫌気がさしてと求婚しているということですが、それも回りの人々が面倒なことだと思っているようです。それも当然なことなので、それぞれに、人知れず思い定めかねております。 |
かうざまのことは、親などにも、さはやかに、わが思ふさまとて、語り出でがたきことなれど、さばかりの御齢にもあらず。今は、などか何ごとをも御心に分いたまはざらむ。まろを、昔ざまになずらへて、母君と思ひないたまへ。御心に飽かざらむことは、心苦しく」 |
このような問題は、親などにも、はっきりと、自分の考えはこうこうだといって、話し出しにくいことであるが、それ程のお年でもない。今は、何事でもご自分で判断がおできになれましょう。わたしを、亡くなった方と同様に思って、母君とお思いになって下さい。お気持に添わないことは、お気の毒で」 |
など、いとまめやかにて聞こえたまへば、苦しうて、御応へ聞こえむともおぼえたまはず。いと若々しきもうたておぼえて、 |
などと、たいそう真面目にお申し上げになるので、困ってしまって、お返事申し上げようというお気持ちにもなれない。あまり子供っぽいのも愛嬌がないと思われて、 |
「何ごとも思ひ知りはべらざりけるほどより、親などは見ぬものにならひはべりて、ともかくも思うたまへられずなむ」 |
「何の分別もなかったころから、親などは知らない生活をしてまいりましたので、どのように思案してよいものか考えようがございません」 |
と、聞こえたまふさまのいとおいらかなれば、げにと思いて、 |
と、お答えなさる様子がとてもおおようなので、なるほどとお思いになって、 |
「さらば世のたとひの、後の親をそれと思いて、おろかならぬ心ざしのほども、見あらはし果てたまひてむや」 |
「それならば世間が俗にいう、後の養父をそれとお思いになって、並々ならぬ厚志のほどを、最後までお見届け下さいませんでしょうか」 |
など、うち語らひたまふ。思すさまのことは、まばゆければ、えうち出でたまはず。けしきある言葉は時々混ぜたまへど、見知らぬさまなれば、すずろにうち嘆かれて渡りたまふ。 |
などと、こまごまとお話になる。心の底にお思いになることは、きまりが悪いので、口にはお出しにならない。意味ありげな言葉は時々おっしゃるが、気づかない様子なので、わけもなく嘆息されてお帰りになる。 |