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第二章 光る源氏の物語 夏の町の物語    

3. 源氏、花散里のもとに泊まる       

 

本文

現代語訳

 大臣は、こなたに大殿籠もりぬ。物語など聞こえたまひて、

 大臣は、こちらでお寝みになった。お話などを申し上げなさって、

 「兵部卿宮の、人よりはこよなくものしたまふかな。容貌などはすぐれねど、用意けしきなど、よしあり、愛敬づきたる君なり。忍びて見たまひつや。よしといへど、なほこそあれ」

 「兵部卿宮が、誰よりも格別に優れていらっしゃいますね。容貌などはそれほどでもないが、心配りや態度などが優雅で、魅力的なお方です。こっそりと御覧になりましたか。立派だと言うが、まだ物足りないところがあるね」

 とのたまふ。

 とおっしゃる。

 「御弟にこそものしたまへど、ねびまさりてぞ見えたまひける。年ごろ、かく折過ぐさず渡り、睦びきこえたまふと聞きはべれど、昔の内裏わたりにてほの見たてまつりしのち、おぼつかなしかし。いとよくこそ、容貌などねびまさりたまひにけれ。帥の親王よくものしたまふめれど、けはひ劣りて、大君けしきにぞものしたまひける」

 「弟君ではいらっしゃいますが、大人びてお見えになりました。ここ何年か、このように機会あるごとにおいでになっては、お親しみ申し上げなさっていらっしゃるとうかがっておりますが、昔の宮中あたりでちらっと拝見してから後、よくわかりません。たいそうご立派に、ご容貌など成長なさいました。帥の親王が素晴らしくいらっしゃるようですが、感じが劣って、王族程度でいらっしゃいました」

 とのたまへば、「ふと見知りたまひにけり」と思せど、ほほ笑みて、なほあるを、良しとも悪しともかけたまはず。

 とおっしゃるので、「一目でお見抜きだ」とお思いになるが、にっこりして、その他の人々については、良いとも悪いとも批評なさらない。

 人の上を難つけ、落としめざまのこと言ふ人をば、いとほしきものにしたまへば、

 人のことに欠点を見つけ、非難するような人を、困った者だと思っていらっしゃるので、

 「右大将などをだに、心にくき人にすめるを、何ばかりかはある。近きよすがにて見むは、飽かぬことにやあらむ」

 「右大将などをさえ、立派な人だと言っているようだが、何のたいしたことがあろうか。婿として見たら、きっと物足りないことであろう」

 と、見たまへど、言に表はしてものたまはず。

 と、お思いだが、口に出してはおっしゃらない。

 今はただおほかたの御睦びにて、御座なども異々にて大殿籠もる。「などてかく離れそめしぞ」と、殿は苦しがりたまふ。おほかた、何やかやともそばみきこえたまはで、年ごろかく折ふしにつけたる御遊びどもを、人伝てに見聞きたまひけるに、今日めづらしかりつることばかりをぞ、この町のおぼえきらきらしと思したる。

 今はただ一通りのご夫婦仲で、お寝床なども別々にお寝みになる。「どうしてこのよう疎々しい仲になってしまったのだろう」と、殿は苦痛にお思いになる。だいたい、何のかのと嫉妬申し上げなさらず、長年このような折節につけた遊び事を、人づてにお聞きになっていらっしゃったのだが、今日は珍しくこちらであったことだけで、自分の町の晴れがましい名誉とお思いでいらっしゃった。

 「その駒もすさめぬ草と名に立てる

   汀の菖蒲今日や引きつる」

 「馬も食べない草として有名な水際の菖蒲のようなわたしを

   今日は節句なので、引き立てて下さったのでしょうか」

 とおほどかに聞こえたまふ。何ばかりのことにもあらねど、あはれと思したり。

 とおっとりと申し上げなさる。たいしたことではないが、しみじみとお感じになった。

 「鳰鳥に影をならぶる若駒は

   いつか菖蒲に引き別るべき」

 「鳰鳥のようにいつも一緒にいる若駒のわたしは

   いつ菖蒲のあなたに別れたりしましょうか」

 あいだちなき御ことどもなりや。

 遠慮のないお二人の歌であること。

 「朝夕の隔てあるやうなれど、かくて見たてまつるは、心やすくこそあれ」

 「いつも離れているようですが、こうしてお目にかかりますのは、心が休まります」

 戯れごとなれど、のどやかにおはする人ざまなれば、静まりて聞こえなしたまふ。

 と、冗談を言うが、のんびりとしていらっしゃるお人柄なので、しんみりとした口ぶりで申し上げなさる。

 床をば譲りきこえたまひて、御几帳引き隔てて大殿籠もる。気近くなどあらむ筋をば、いと似げなかるべき筋に、思ひ離れ果てきこえたまへれば、あながちにも聞こえたまはず。

 御帳台はお譲り申し上げなさって、御几帳を隔ててお寝みになる。共寝をするというようなことを、たいそう似つかわしくないことと、すっかりお諦め申していらっしゃるので、無理にお誘い申し上げなさらない。



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