第二章 光る源氏の物語 夏の町の物語
2. 六条院馬場殿の騎射
本文 |
現代語訳 |
殿は、東の御方にもさしのぞきたまひて、 |
殿は、東の御方にもお立ち寄りになって、 |
「中将の、今日の司の手結ひのついでに、男ども引き連れてものすべきさまに言ひしを、さる心したまへ。まだ明きほどに来なむものぞ。あやしく、ここにはわざとならず忍ぶることをも、この親王たちの聞きつけて、訪らひものしたまへば、おのづからことことしくなむあるを、用意したまへ」 |
「中将が、今日の左近衛府の競射の折に、男たちを引き連れて来るようなことを言っていたが、そのおつもりでいて下さい。まだ明るいうちにきっと来るでしょうよ。不思議と、こちらでは目立たないようにする内輪の催しも、この親王たちが聞きつけて、見物にいらっしゃるので、自然と大げさになりますから、お心づもりなさい」 |
など聞こえたまふ。 |
などと申し上げなさる。 |
馬場の御殿は、こなたの廊より見通すほど遠からず。 |
馬場の御殿は、こちらの渡廊から見渡す距離もさほど遠くない。 |
「若き人びと、渡殿の戸開けて物見よや。左の司に、いとよしある官人多かるころなり。少々の殿上人に劣るまじ」 |
「若い女房たち、渡殿の戸を開けて見物をしなさいよ。左近衛府に、たいそう素晴らしい官人が多い時だ。なまじっかの殿上人には負けまい」 |
とのたまへば、物見むことをいとをかしと思へり。 |
とおっしゃるので、見物することをとても興味深く思っていた。 |
対の御方よりも、童女など、物見に渡り来て、廊の戸口に御簾青やかに掛けわたして、今めきたる裾濃の御几帳ども立てわたし、童、下仕へなどさまよふ。菖蒲襲の衵、二藍の羅の汗衫着たる童女ぞ、西の対のなめる。 |
対の御方からも、童女など、見物にやって来て、渡廊の戸口に御簾を青々と懸け渡して、当世風の裾濃の御几帳をいくつも立て並べ、童女や下仕などがあちこちしている。菖蒲襲の袙、二藍の羅の汗衫を着ている童女は、西の対のであろう。 |
好ましく馴れたる限り四人、下仕へは、楝の裾濃の裳、撫子の若葉の色したる唐衣、今日のよそひどもなり。 |
感じのいい物馴れた者ばかり四人、下仕え人は、楝の裾濃の裳、撫子の若葉色をした唐衣で、いずれも端午の日の装いである。 |
こなたのは、濃き一襲に、撫子襲の汗衫などおほどかにて、おのおの挑み顔なるもてなし、見所あり。 |
こちらの童女は、濃い単衣襲に、撫子襲の汗衫などをおっとりと着て、それぞれが競い合っている振る舞い、見ていておもしろい。 |
若やかなる殿上人などは、目をたててけしきばむ。未の時に、馬場の御殿に出でたまひて、げに親王たちおはし集ひたり。手結ひの公事にはさま変りて、次将たちかき連れ参りて、さまことに今めかしく遊び暮らしたまふ。 |
若い殿上人などは、目をつけては流し目を送る。未の刻に、馬場殿にお出になると、なるほど親王たちがお集まりになっていた。競技も公式のそれとは趣が異なって、中将少将たちが連れ立って参加して、風変りに派手な趣向を凝らして、一日中お遊びになる。 |
女は、何のあやめも知らぬことなれど、舎人どもさへ艶なる装束を尽くして、身を投げたる手まどはしなどを見るぞ、をかしかりける。 |
女性には、何も分からないことであるが、舎人連中までが優美な装束を着飾って、懸命に競技をしている姿などを見るのはおもしろいことであった。 |
南の町も通して、はるばるとあれば、あなたにもかやうの若き人どもは見けり。「打毬楽」「落蹲」など遊びて、勝ち負けの乱声どもののしるも、夜に入り果てて、何事も見えずなり果てぬ。舎人どもの禄、品々賜はる。いたく更けて、人びと皆あかれたまひぬ。 |
南の町まで通して、ずっと続いているので、あちらでもこのような若い女房たちは見ていた。「打毬楽」「落蹲」などを奏でて、勝ち負けに大騒ぎをするのも、夜になってしまって、何も見えなくなってしまった。舎人連中が禄を、位階に応じてに頂戴する。たいそう夜が更けてから、人々は皆お帰りになった。 |