第一章 夕霧の物語 継母垣間見の物語
5. 源氏、夕霧と語る
本文 |
現代語訳 |
御格子を御手づから引き上げたまへば、気近きかたはらいたさに、立ち退きてさぶらひたまふ。 |
御格子をご自身でお上げになるので、あまりに近くにいたのが具合悪く、退いて控えていらっしゃる。 |
「いかにぞ。昨夜、宮は待ちよろこびたまひきや」 |
「どうであった。昨夜は、大宮はお待ちかねでお喜びになったか」 |
「しか。はかなきことにつけても、涙もろにものしたまへば、いと不便にこそはべれ」 |
「はい。ちょっとしたことにつけても、涙もろくいらっしゃいますので、たいそう困ったことでございます」 |
と申したまへば、笑ひたまひて、 |
と申し上げなさると、お笑いになって、 |
「今いくばくもおはせじ。まめやかに仕うまつり見えたてまつれ。内大臣は、こまかにしもあるまじうこそ、愁へたまひしか。人柄あやしうはなやかに、男々しき方によりて、親などの御孝をも、いかめしきさまをば立てて、人にも見おどろかさむの心あり、まことにしみて深きところはなき人になむ、ものせられける。さるは、心の隈多く、いとかしこき人の、末の世にあまるまで、才類ひなく、うるさながら。人として、かく難なきことはかたかりける」 |
「もう先も長くはいらっしゃるまい。ねんごろにお世話して上げるがよい。内大臣は、こまかい情愛がないと、愚痴をこぼしていらっしゃった。人柄は妙に派手で、男性的過ぎて、親に対する孝養なども、見ための立派さばかりを重んじて、世間の人の目を驚かそうというところがあって、心底のしみじみとした深い情愛はない方でいらっしゃった。それはそれとして、物事に思慮深く、たいそう賢明な方で、この末世では過ぎたほど学問も並ぶ者がなく、閉口するほどだが。人間として、このように欠点のないことは難しいことだなあ」 |
などのたまふ。 |
などとおっしゃる。 |
「いとおどろおどろしかりつる風に、中宮に、はかばかしき宮司などさぶらひつらむや」 |
「たいそうひどい風だったが、中宮の御方には、しっかりした宮司などは控えていただろうか」 |
とて、この君して、御消息聞こえたまふ。 |
とおっしゃって、この中将の君を使者として、お見舞を差し上げなさる。 |
「夜の風の音は、いかが聞こし召しつらむ。吹き乱りはべりしに、おこりあひはべりて、いと堪へがたき、ためらひはべるほどになむ」 |
「昨夜の風の音は、どのようにお聞きあそばしましたでしょうか。吹き荒れていましたが、あいにく風邪をひきまして、とてもつらいので、休んでいたところでございました」 |
と聞こえたまふ。 |
とご伝言申し上げなさる。 |