第二章 光源氏の物語 六条院の女方を見舞う物語
3. 源氏、玉鬘を見舞う
本文 |
現代語訳 |
西の対には、恐ろしと思ひ明かしたまひける、名残に、寝過ぐして、今ぞ鏡なども見たまひける。 |
西の対では、恐ろしく思って夜をお明かしになった、その影響で、寝過ごして、今やっと鏡などを御覧になるのであった。 |
「ことことしく前駆、な追ひそ」 |
「仰々しく先払い、するな」 |
とのたまへば、ことに音せで入りたまふ。屏風なども皆畳み寄せ、ものしどけなくしなしたるに、日のはなやかにさし出でたるほど、けざけざと、ものきよげなるさましてゐたまへり。近くゐたまひて、例の、風につけても同じ筋に、むつかしう聞こえ戯れたまへば、堪へずうたてと思ひて、 |
とおっしゃるので、特に音も立てないでお入りになる。屏風などもみな畳んで隅に寄せ、乱雑にしてあったところに、日がぱあっと照らし出した時、くっきりとした美しい様子をして座っていらっしゃった。その近くにお座りになって、いつものように、風の見舞いにかこつけても同じように、厄介な冗談を申し上げなさるので、たまらなく嫌だわと思って、 |
「かう心憂ければこそ、今宵の風にもあくがれなまほしくはべりつれ」 |
「このように情けないなので、昨夜の風と一緒に飛んで行ってしまいとうございましたわ」 |
と、むつかりたまへば、いとよくうち笑ひたまひて、 |
と、御機嫌を悪くなさると、たいそうよくお笑いになって、 |
「風につきてあくがれたまはむや、軽々しからむ。さりとも、止まる方ありなむかし。やうやうかかる御心むけこそ添ひにけれ。ことわりや」 |
「風と一緒に飛んで行かれるとは、軽々しいことでしょう。そうはいっても、落ち着く所がきっとあることでしょう。だんだんこのようなお気持ちが出てきたのですね。もっともなことです」 |
とのたまへば、 |
とおっしゃるので、 |
「げに、うち思ひのままに聞こえてけるかな」 |
「なるほど、ふと思ったままに申し上げてしまったわ」 |
と思して、みづからもうち笑みたまへる、いとをかしき色あひ、つらつきなり。酸漿などいふめるやうにふくらかにて、髪のかかれる隙々うつくしうおぼゆ。まみのあまりわららかなるぞ、いとしも品高く見えざりける。その他は、つゆ難つくべうもあらず。 |
とお思いになって、自分自身でもほほ笑んでいらっしゃるのが、とても美しい顔色であり、表情である。酸漿などというもののようにふっくらとして、髪のかかった隙間から見える頬の色艶が美しく見える。目もとのほがらか過ぎる感じが、特に上品とは見えなかったのであった。その他は、少しも欠点のつけようがなかった。 |