第三章 夕霧の物語 幼恋の物語
3. 内大臣、大宮を訪う
本文 |
現代語訳 |
祖母宮の御もとにも参りたまへれば、のどやかにて御行なひしたまふ。よろしき若人など、ここにもさぶらへど、もてなしけはひ、装束どもも、盛りなるあたりには似るべくもあらず。容貌よき尼君たちの、墨染にやつれたるぞ、なかなかかかる所につけては、さるかたにてあはれなりける。 |
祖母宮のお側に参上なさると、静かにお勤めをなさっている。まずまずの若い女房などは、こちらにも伺候しているが、物腰や様子、衣装なども、栄華を極めている所とは比較にもならない。器量のよい尼君たちが、墨染の衣装で質素にしているのが、かえってこのような所では、それなりにしみじみとした感じがするのであった。 |
内の大臣も参りたまへるに、御殿油など参りて、のどやかに御物語など聞こえたまふ。 |
内大臣も参上なさったので、御殿油などを灯して、のんびりとお話など申し上げになさる。 |
「姫君を久しく見たてまつらぬがあさましきこと」 |
「姫君に久しくお目にかからないのが情けないこと」 |
とて、ただ泣きに泣きたまふ。 |
とおっしゃって、ただひたすらお泣きになる。 |
「今このごろのほどに参らせむ。心づからもの思はしげにて、口惜しう衰へにてなむはべめる。女こそ、よく言はば、持ちはべるまじきものなりけれ。とあるにつけても、心のみなむ尽くされはべりける」 |
「もうすぐこちらに参上させましょう。自分からふさぎ込んでいまして、惜しいことに痩せてしまっているようです。女の子は、はっきり申せば、持つべきではございませんでした。何かにつけて、心配ばかりさせられました」 |
など、なほ心解けず思ひおきたるけしきしてのたまへば、心憂くて、切にも聞こえたまはず。そのついでにも、 |
などと、依然として不快にこだわっている様子でおっしゃるので、情けなくて、ぜひにともお申し上げなさらない。その話の折に、 |
「いと不調なる娘まうけはべりて、もてわづらひはべりぬ」 |
「たいそう不出来な娘を持ちまして、手を焼いてしまいました」 |
と、愁へきこえたまひて、笑ひたまふ。宮、 |
と、愚痴をおこぼしになって、にが笑いなさる。宮、 |
「いで、あやし。女といふ名はして、さがなかるやうやある」 |
「まあ、変ですこと。あなたの娘という以上、出来の悪いことがありましょうか」 |
とのたまへば、 |
とおっしゃると、 |
「それなむ見苦しきことになむはべる。いかで、御覧ぜさせむ」 |
「それが体裁の悪いことなのでございます。ぜひ、御覧に入れたいものです」 |
と、聞こえたまふとや。 |
と申し上げなさったとか。 |