TOP  総目次  源氏物語目次   前へ 次へ
行幸

第二章 光源氏の物語 大宮に玉鬘の事を語る    

7. 源氏、内大臣、三条宮邸を辞去     

 

本文

現代語訳

 夜いたう更けて、おのおのあかれたまふ。

 夜がたいそう更けて、それぞれお別れになる。

 「かく参り来あひては、さらに、久しくなりぬる世の古事、思うたまへ出でられ、恋しきことの忍びがたきに、立ち出でむ心地もしはべらず」

 「このように参上してご一緒しては、まったく、古くなってしまった昔の事が、自然と思い出されて、懐しい気持ちが抑えきれずに、帰る気も致しません」

 とて、をさをさ心弱くおはしまさぬ六条殿も、酔ひ泣きにや、うちしほれたまふ。宮はたまいて、姫君の御ことを思し出づるに、ありしにまさる御ありさま、勢ひを見たてまつりたまふに、飽かず悲しくて、とどめがたく、しほしほと泣きたまふ尼衣は、げに心ことなりけり。

 とおっしゃって、決して気弱くはいらっしゃらない六条殿も、酔い泣きなのか、涙をお流しになる。宮は宮で言うまでもなく、姫君のお身の上をお思い出しになって、昔に優るご立派な様子、ご威勢を拝見なさると、悲しみが尽きないで、涙をとどめることができず、しおしおとお泣きになる尼姿は、なるほど格別な風情であった。

 かかるついでなれど、中将の御ことをば、うち出でたまはずなりぬ。ひとふし用意なしと思しおきてければ、口入れむことも人悪く思しとどめ、かの大臣はた、人の御けしきなきに、さし過ぐしがたくて、さすがにむすぼほれたる心地したまうけり。

 このようなよい機会であるが、中将のおんことは、お口に出さずに終わってしまった。一ふし思いやりがないとお思いであったので、口に出すことも体裁悪くお考えやめになり、あの内大臣はまた内大臣で、お言葉もないのに出過ぎることができずに、そうはいうものの胸の晴れない気持ちがなさるのであった。

 「今宵も御供にさぶらふべきを、うちつけに騒がしくもやとてなむ。今日のかしこまりは、ことさらになむ参るべくはべる」

 「今夜もお供致すべきでございますが、急なことでお騒がせしてもいかがかと存じます。今日のお礼は、日を改めて参上致します」

 と申したまへば、

 とお申し上げなさると、

 「さらば、この御悩みもよろしう見えたまふを、かならず聞こえし日違へさせたまはず、渡りたまふべき」よし、聞こえ契りたまふ。

 「それでは、こちらのご病気もよろしいようにお見えになるので、きっと申し上げた日をお間違えにならず、お出で下さるように」とのこと、お約束なさる。

 御けしきどもようて、おのおの出でたまふ響き、いといかめし。君達の御供の人びと、

 お二人方のご機嫌も良くて、それぞれがお帰りになる物音、たいそう盛大である。ご子息たちのお供の人々は、

 「何ごとありつるならむ。めづらしき御対面に、いと御けしきよげなりつるは」

 「何があったのだろうか。久し振りのご対面で、たいそうご機嫌が良くなったのは」

 「また、いかなる御譲りあるべきにか」

 「また、どのようなご譲与があったのだろうか」

 など、ひが心を得つつ、かかる筋とは思ひ寄らざりけり。

 などと、勘違いをして、このようなこととは思いもかけなかったのであった。



TOP  総目次  源氏物語目次 ページトップへ  前へ 次へ