第三章 玉鬘の物語 裳着の物語
5. 祝賀者、多数参上
本文 |
現代語訳 |
親王たち、次々、人びと残るなく集ひたまへり。御懸想人もあまた混じりたまへれば、この大臣、かく入りおはしてほど経るを、いかなることにかと疑ひたまへり。 |
親王たちや、次々の、人々が残らずお祝いに参上なさった。思いを寄せている方々も大勢混じっていらっしゃったので、この内大臣が、このように中にお入りになって暫く時間がたつので、どうしたことか、とお疑いになっていた。 |
かの殿の君達、中将、弁の君ばかりぞ、ほの知りたまへりける。人知れず思ひしことを、からうも、うれしうも思ひなりたまふ。弁は、 |
あの殿のご子息の中将や、弁の君だけは、かすかにご存知だったのであった。密かに思いを懸けていたことを、辛いこととも、また嬉しいこととも、お思いになる。弁の君は、 |
「よくぞうち出でざりける」とささめきて、「さま異なる大臣の御好みどもなめり。中宮の御類ひに仕立てたまはむとや思すらむ」 |
「よくもまあ告白しなかった」と小声で言って、「一風変わった大臣のお好みのようだ。中宮とご同様に入内させなさろうとお考えなのだろう」 |
など、おのおの言ふよしを聞きたまへど、 |
などと、めいめい言っているのをお聞きになるが、 |
「なほ、しばしは御心づかひしたまうて、世にそしりなきさまにもてなさせたまへ。何ごとも、心やすきほどの人こそ、乱りがはしう、ともかくもはべべかめれ、こなたをもそなたをも、さまざま人の聞こえ悩まさむ、ただならむよりはあぢきなきを、なだらかに、やうやう人目をも馴らすなむ、よきことにははべるべき」 |
「やはり、暫くの間はご注意なさって、世間から非難されないようにお扱い下さい。何事も、気楽な身分の人には、みだらなことがままあるでしょうが、こちらもそちらも、いろいろな人が噂して悩まされようなことがあっては、普通の身分の人よりも困ることですから、穏やかに、だんだんと世間の目が馴れて行くようにするのが、良いことでございましょう」 |
と申したまへば、 |
と申し上げなさると、 |
「ただ御もてなしになむ従ひはべるべき。かうまで御覧ぜられ、ありがたき御育みに隠ろへはべりけるも、前の世の契りおろかならじ」 |
「ただあなた様のされるように従いましょう。こんなにまでお世話いただき、またとないご養育によって守られておりましたのも、前世の因縁が特別であったのでしょう」 |
と申したまふ。 |
とお答えなさる。 |
御贈物など、さらにもいはず、すべて引出物、禄ども、品々につけて、例あること限りあれど、またこと加へ、二なくせさせたまへり。大宮の御悩みにことづけたまうし名残もあれば、ことことしき御遊びなどはなし。 |
御贈物などは、言うまでもなく、すべて引出物や、禄などは、身分に応じて、通常の例では限りがあるが、それに更に加えて、またとないほど盛大におさせになった。大宮のご病気を理由に断りなさった事情もあるので、大げさな音楽会などはなかった。 |
兵部卿宮、 |
兵部卿宮は、 |
「今はことづけやりたまふべき滞りもなきを」 |
「今はもうお断りになる支障も何もないでしょうから」 |
と、おりたち聞こえたまへど、 |
と、身を入れてお願い申し上げなさるが、 |
「内裏より御けしきあること、かへさひ奏し、またまた仰せ言に従ひてなむ、異ざまのことは、ともかくも思ひ定むべき」 |
「帝から御内意があったことを、ご辞退申し上げ、また再びお言葉に従いまして、他の話は、その後にでも決めましょう」 |
とぞ聞こえさせたまひける。 |
とお返事申し上げなさった。 |
父大臣は、 |
父内大臣は、 |
「ほのかなりしさまを、いかでさやかにまた見む。なまかたほなること見えたまはば、かうまでことことしうもてなし思さじ」 |
「かすかに見た様子を、何とかはっきりと再び見たいものだ。少しでも不具なところがおありならば、こんなにまで大げさに大事にお世話なさるまい」 |
など、なかなか心もとなう恋しう思ひきこえたまふ。 |
などと、かえって焦れったく恋しく思い申し上げなさる。 |
今ぞ、かの御夢も、まことに思しあはせける。女御ばかりには、さだかなることのさまを聞こえたまうけり。 |
今になって、あの御夢も、本当にお分かりになったのであった。弘徽殿女御だけには、はっきりと事情をお話し申し上げなさったのであった。 |