第三章 玉鬘の物語 裳着の物語
4. 内大臣、腰結に役を勤める
本文 |
現代語訳 |
内大臣は、さしも急がれたまふまじき御心なれど、めづらかに聞きたまうし後は、いつしかと御心にかかりたれば、疾く参りたまへり。 |
内大臣は、大してお急ぎにならない気持ちであったが、珍しい話をお聞きになって後は、早く会いたいとお心にかかっていたので、早く参上なさった。 |
儀式など、あべい限りにまた過ぎて、めづらしきさまにしなさせたまへり。「げにわざと御心とどめたまうけること」と見たまふも、かたじけなきものから、やう変はりて思さる。 |
裳着の儀式などは、しきたり通りのことに更に事を加えて、目新しい趣向を凝らしてなさった。「なるほど特にお心を留めていらっしゃることだ」と御覧になるのも、もったいないと思う一方で、風変わりだと思わずにはいらっしゃれない。 |
亥の時にて、入れたてまつりたまふ。例の御まうけをばさるものにて、内の御座いと二なくしつらはせたまうて、御肴参らせたまふ。御殿油、例のかかる所よりは、すこし光見せて、をかしきほどにもてなしきこえたまへり。 |
亥の刻になって、御簾の中にお入れなさる。慣例通りの設備はもとよりのこと、御簾の中のお席をまたとないほど立派に整えなさって、御酒肴を差し上げなさる。御殿油は、慣例の儀式の明るさよりも、少し明るくして、気を利かせてお持てなしなさった。 |
いみじうゆかしう思ひきこえたまへど、今宵はいとゆくりかなべければ、引き結びたまふほど、え忍びたまはぬけしきなり。 |
たいそうはっきりとお顔を見たいとお思いになるが、今夜はとても唐突なことなので、お結びになる時、お堪えきれない様子である。 |
主人の大臣、 |
主人の大臣、 |
「今宵は、いにしへざまのことはかけはべらねば、何のあやめも分かせたまふまじくなむ。心知らぬ人目を飾りて、なほ世の常の作法に」 |
「今夜は、昔のことは何も話しませんから、何の詳細もお分りなさらないでしょう。事情を知らない人の目を繕って、やはり普通通りの作法で」 |
と聞こえたまふ。 |
とお申し上げなさる。 |
「げに、さらに聞こえさせやるべき方はべらずなむ」 |
「本当に、まったく何とも申し上げようもございません」 |
御土器参るほどに、 |
お杯をお口になさる時、 |
「限りなきかしこまりをば、世に例なきことと聞こえさせながら、今までかく忍びこめさせたまひける恨みも、いかが添へはべらざらむ」 |
「言葉に尽くせないお礼の気持ちは、世間にまたとないご厚意と感謝申し上げますが、今までこのようにお隠しになっていらっしゃった恨み言も、どうして申し添えずにいられましょう」 |
と聞こえたまふ。 |
と申し上げなさる。 |
「恨めしや沖つ玉藻をかづくまで 磯がくれける海人の心よ」 |
「恨めしいことですよ。玉裳を着る 今日まで隠れていた人の心が」 |
とて、なほつつみもあへずしほたれたまふ。姫君は、いと恥づかしき御さまどものさし集ひ、つつましさに、え聞こえたまはねば、殿、 |
と言って、やはり隠し切れず涙をお流しになる。姫君は、とても立派なお二方が集まっており、気恥ずかしさに、お答え申し上げることがおできになれないので、殿が、 |
「よるべなみかかる渚にうち寄せて 海人も尋ねぬ藻屑とぞ見し いとわりなき御うちつけごとになむ」 |
「寄る辺がないので、このようなわたしの所に身を寄せて 誰にも捜してもらえない気の毒な子だと思っておりました 何とも無体なだしぬけのお言葉です」 |
と聞こえたまへば、 |
と、お答え申し上げなさると、 |
「いとことわりになむ」 |
「まことにごもっともです」 |
と、聞こえやる方なくて、出でたまひぬ。 |
と、それ以上申し上げる言葉もなくて、退出なさった。 |