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行幸

第三章 玉鬘の物語 裳着の物語    

3. 玉鬘の裳着への祝儀の品々     

 

本文

現代語訳

 中宮より、白き御裳、唐衣、御装束、御髪上の具など、いと二なくて、例の、壺どもに、唐の薫物、心ことに香り深くてたてまつりたまへり。

 中宮から、白い御裳、唐衣、御装束、御髪上の道具など、たいそうまたとない立派さで、例によって、数々の壷に、唐の薫物、格別に香り深いのを差し上げなさった。

 御方々、皆心々に、御装束、人びとの料に、櫛扇まで、とりどりにし出でたまへるありさま、劣りまさらず、さまざまにつけて、かばかりの御心ばせどもに、挑み尽くしたまへれば、をかしう見ゆるを、東の院の人びとも、かかる御いそぎは聞きたまうけれども、訪らひきこえたまふべき数ならねば、ただ聞き過ぐしたるに、常陸の宮の御方、あやしうものうるはしう、さるべきことの折過ぐさぬ古代の御心にて、いかでかこの御いそぎを、よそのこととは聞き過ぐさむ、と思して、形のごとなむし出でたまうける。

 ご夫人方は、みな思い思いに、御装束、女房の衣装に、櫛や扇まで、それぞれにご用意なさった出来映えは、優るとも劣らない、それぞれにつけて、あれほどの方々が互いに、競争でご趣向を凝らしてお作りになったので、素晴らしく見えるが、東の院の人々も、このようなご準備はお聞きになっていたが、お祝い申し上げるような人数には入らないので、ただ聞き流していたが、常陸の宮の御方、妙に折目正しくて、なすべき時にはしないではいられない昔気質でいらして、どうしてこのようなご準備を、他人事として聞き過していられようか、とお思いになって、きまり通りご用意なさったのであった。

 あはれなる御心ざしなりかし。青鈍の細長一襲、落栗とかや、何とかや、昔の人のめでたうしける袷の袴一具、紫のしらきり見ゆる霰地の御小袿と、よき衣筥に入れて、包いとうるはしうて、たてまつれたまへり。

 殊勝なお心掛けである。青鈍色の細長を一襲、落栗色とか、何とかいう、昔の人が珍重した袷の袴を一具、紫色の白っぽく見える霰地の御小袿とを、結構な衣装箱に入れて、包み方をまことに立派にして、差し上げなさった。

 御文には、

 お手紙には、

 「知らせたまふべき数にもはべらねば、つつましけれど、かかる折は思たまへ忍びがたくなむ。これ、いとあやしけれど、人にも賜はせよ」

 「お見知り戴くような数にも入らない者でございませんので、遠慮致しておりましたが、このような時は知らないふりもできにくうございまして。これは、とてもつまらない物ですが、女房たちにでもお与え下さい」

 と、おいらかなり。殿、御覧じつけて、いとあさましう、例の、と思すに、御顔赤みぬ。

 と、おっとり書いてある。殿が、御覧になって、たいそうあきれて、例によって、とお思いになると、お顔が赤くなった。

 「あやしき古人にこそあれ。かくものづつみしたる人は、引き入り沈み入りたるこそよけれ。さすがに恥ぢがましや」とて、「返りことはつかはせ。はしたなく思ひなむ。父親王の、いとかなしうしたまひける、思ひ出づれば、人に落さむはいと心苦しき人なり」

 「妙に昔気質の人だ。ああした内気な人は、引っ込んでいて出て来ない方がよいのに。やはり体裁の悪いものです」と言って、「返事はおやりなさい。きまり悪く思うでしょう。父親王が、たいそう大切になさっていたのを、思い出すと、他人より軽く扱うのはたいそう気の毒な方です」

 と聞こえたまふ。御小袿の袂に、例の、同じ筋の歌ありけり。

 と申し上げなさる。御小袿の袂に、例によって、同じ趣向の歌があるのであった。

 「わが身こそ恨みられけれ唐衣

   君が袂に馴れずと思へば」

 「わたし自身が恨めしく思われます

   あなたのお側にいつもいることができないと思いますと」

 御手は、昔だにありしを、いとわりなうしじかみ、彫深う、強う、堅う書きたまへり。大臣、憎きものの、をかしさをばえ念じたまはで、

 ご筆跡は、昔でさえそうであったのに、たいそうひどくちぢかんで、彫り込んだように深く、強く、固くお書きになっていた。大臣は、憎く思うものの、おかしいのを堪えきれないで、

 「この歌詠みつらむほどこそ。まして今は力なくて、所狭かりけむ」

 「この歌を詠むのにはどんなに大変だったろう。まして今は昔以上に助ける人もいなくて、思い通りに行かなかったことだろう」

 と、いとほしがりたまふ。

 と、お気の毒にお思いになる。

 「いで、この返りこと、騒がしうとも、われせむ」

 「どれ、この返事は、忙しくても、わたしがしよう」

 とのたまひて、

 とおっしゃって、

 「あやしう、人の思ひ寄るまじき御心ばへこそ、あらでもありぬべけれ」

 「妙な、誰も気のつかないようなお心づかいは、なさらなくてもよいことですのに」

 と、憎さに書きたまうて、

 と、憎らしさのあまりにお書きになって、

 「唐衣また唐衣唐衣

   かへすがへすも唐衣なる」

  「唐衣、また唐衣、唐衣

   いつもいつも唐衣とおっしゃいますね」

 とて、

 と書いて、

 「いとまめやかに、かの人の立てて好む筋なれば、ものしてはべるなり」

 「たいそうまじめに、あの人が特に好む趣向ですから、書いたのです」

 とて、見せたてまつりたまへば、君、いとにほひやかに笑ひたまひて、

 と言って、お見せなさると、姫君は、たいそう顔を赤らめてお笑いになって、

 「あな、いとほし。弄じたるやうにもはべるかな」

 「まあ、お気の毒なこと。からかったように見えますわ」

 と、苦しがりたまふ。ようなしごといと多かりや。

 と、気の毒がりなさる。つまらない話が多かったことよ。



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