第一章 玉鬘の物語 玉鬘と夕霧との新関係
2. 夕霧、源氏の使者として玉鬘を訪問
本文 |
現代語訳 |
薄き鈍色の御衣、なつかしきほどにやつれて、例に変はりたる色あひにしも、容貌はいとはなやかにもてはやされておはするを、御前なる人びとは、うち笑みて見たてまつるに、宰相中将、同じ色の、今すこしこまやかなる直衣姿にて、纓巻きたまへる姿しも、またいとなまめかしくきよらにておはしたり。 |
薄色の御喪服を、しっとりと身にまとって、いつもと変わった色合いに、かえってその器量が引き立って美しくいらっしゃるのを、御前の女房たちは、にっこりして拝しているところに、宰相中将が、同じ喪服の、もう少し色の濃い直衣姿で、纓を巻いていらっしゃる姿が、またたいそう優雅で美しくいらっしゃった。 |
初めより、ものまめやかに心寄せきこえたまへば、もて離れて疎々しきさまには、もてなしたまはざりしならひに、今、あらざりけりとて、こよなく変はらむもうたてあれば、なほ御簾に几帳添へたる御対面は、人伝てならでありけり。殿の御消息にて、内裏より仰せ言あるさま、やがてこの君のうけたまはりたまへるなりけり。 |
初めから、誠意を持って好意をお寄せ申し上げていらっしゃったので、他人行儀にはなさらなかった習慣から、今、姉弟ではなかったといって、すっかりと態度を改めるのもいやなので、やはり御簾に几帳を加えたご面会は、取り次ぎなしでなさるのであった。殿のお使いとして、宮中からのお言葉の内容を、そのままこの君がお承りなさったのであった。 |
御返り、おほどかなるものから、いとめやすく聞こえなしたまふけはひの、らうらうじくなつかしきにつけても、かの野分の朝の御朝顔は、心にかかりて恋しきを、うたてある筋に思ひし、聞き明らめて後は、なほもあらぬ心地添ひて、 |
お返事は、おっとりとしたものの、たいそう難のなくお答え申し上げなさる態度が、いかにも才気があって女性らしいのにつけても、あの野分の朝のお顔が心にかかって恋しいので、いやなことだと思ったが、真相を聞き知ってから後は、やはり平静ではいられない気持ちが加わって、 |
「この宮仕ひを、おほかたにしも思し放たじかし。さばかり見所ある御あはひどもにて、をかしきさまなることのわづらはしき、はた、かならず出で来なむかし」 |
「この宮仕えをなさっても、普通のことではお諦めになるまい。あれほどに見事なご夫人たちとの間柄でも、美しい人であるための厄介なことが、きっと起こるだろう」 |
と思ふに、ただならず、胸ふたがる心地すれど、つれなくすくよかにて、 |
と思うと、気が気でなく、胸のふさがる思いがするが、素知らぬ顔で真面目に、 |
「人に聞かすまじとはべりつることを聞こえさせむに、いかがはべるべき」 |
「誰にも聞かせるなとのことでございましたお言葉を申し上げますので、どう致しましょうか」 |
とけしき立てば、近くさぶらふ人も、すこし退きつつ、御几帳のうしろなどにそばみあへり。 |
と意味ありげに言うので、近くに伺候している女房たちも、少し下がり下がりして、御几帳の後ろなどに顔を横に向け合っていた。 |