第一章 玉鬘の物語 玉鬘と夕霧との新関係
7. 玉鬘の出仕を十月と決定
本文 |
現代語訳 |
「うちうちにも、やむごとなきこれかれ、年ごろを経てものしたまへば、えその筋の人数にはものしたまはで、捨てがてらにかく譲りつけ、おほぞうの宮仕への筋に、領ぜむと思しおきつる、いとかしこくかどあることなりとなむ、よろこび申されけると、たしかに人の語り申しはべりしなり」 |
「内々でも、立派な方々が、長年連れ添っていらっしゃるので、その夫人の一人にはなさることができないので、捨てる気持ち半分でこのように譲ることにし、通り一遍の宮仕えをさせて、自分のものにしようとお考えになっているのは、たいそう賢くよいやり方だと、感謝申されていたと、はっきりとある人が言っておりましたことです」 |
と、いとうるはしきさまに語り申したまへば、「げに、さは思ひたまふらむかし」と思すに、いとほしくて、 |
と、たいそう改まった態度でお話し申し上げなさるので、「なるほど、そのようにお考えなのだろう」とお思いになると、気の毒になって、 |
「いとまがまがしき筋にも思ひ寄りたまひけるかな。いたり深き御心ならひならむかし。今おのづから、いづ方につけても、あらはなることありなむ。思ひ隈なしや」 |
「たいそうとんでもないふうにお考えになったものだな。隅々まで考えを廻らすご気性からなのだろう。今に自然と、どちらにしても、はっきりすることがあろう。思慮の浅いことよ」 |
と笑ひたまふ。御けしきはけざやかなれど、なほ、疑ひは置かる。大臣も、 |
とお笑いになる。ご様子はきっぱりしているが、やはり、疑問は残る。大臣も、 |
「さりや。かく人の推し量る、案に落つることもあらましかば、いと口惜しくねぢけたらまし。かの大臣に、いかで、かく心清きさまを知らせたてまつらむ」 |
「やはりそうか。このように人は推量するのに、その思惑どおりのことがあったら、まことに残念でひねくれたようだろうに。あの内大臣に、何とかして、このような身の潔白なさまをお知らせ申したいものだ」 |
と思すにぞ、「げに、宮仕への筋にて、けざやかなるまじく紛れたるおぼえを、かしこくも思ひ寄りたまひけるかな」と、むくつけく思さる。 |
とお思いになると、「なるほど、宮仕えということにして、はっきりと分からないようにごまかした懸想を、よくもお見抜きになったものだ」と、気味悪いほどに思わずにはいらっしゃれない。 |
かくて御服など脱ぎたまひて、 |
こうして御喪服などをお脱ぎになって、 |
「月立たば、なほ参りたまはむこと忌あるべし。十月ばかりに」 |
「来月になると、やはり御出仕するには障りがあろう。十月ごろに」 |
と思しのたまふを、内裏にも心もとなく聞こし召し、聞こえたまふ人びとは、誰も誰も、いと口惜しくて、この御参りの先にと、心寄せのよすがよすがに責めわびたまへど、 |
とおっしゃるのを、帝におかせられても待ち遠しくお思いあそばされ、求婚なさっていた方々は、皆が皆、まことに残念で、この御出仕の前に何とかしたいと考えて、懇意にしている女房たちのつてづてに泣きつきなさるが、 |
「吉野の滝を堰かむよりも難きことなれば、いとわりなし」 |
「吉野の滝を堰止めるよりも難しいことなので、まことに仕方がございません」 |
と、おのおの応ふ。 |
と、それぞれ返事をする。 |
中将も、なかなかなることをうち出でて、「いかに思すらむ」と苦しきままに、駆けりありきて、いとねむごろに、おほかたの御後見を思ひあつかひたるさまにて、追従しありきたまふ。たはやすく、軽らかにうち出でては聞こえかかりたまはず、めやすくもてしづめたまへり。 |
中将も、言わなければよいことを口にしたため、「どのようにお思いだろうか」と胸の苦しいまま、駆けずり回って、たいそう熱心に、全般的なお世話をする体で、ご機嫌をとっていらっしゃる。簡単に、軽々しく口に出しては申し上げなさらず、体よく気持ちを抑えていらっしゃる。 |