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真木柱

第二章 鬚黒大将家の物語 北の方、乱心騒動    

7. 翌日、鬚黒、玉鬘を訪う     

 

本文

現代語訳

 暮るれば、例の、急ぎ出でたまふ。御装束のことなども、めやすくしなしたまはず、世にあやしう、うちあはぬさまにのみむつかりたまふを、あざやかなる御直衣なども、え取りあへたまはで、いと見苦し。

 日が暮れると、いつものように急いでお出かけになる。お召物のことなども、体裁よく整えなさらず、まことに奇妙で身にそぐわないとばかり不機嫌でいらっしゃるが、立派な御直衣などは、間に合わせることがおできになれず、たいそう見苦しい。

 昨夜のは、焼けとほりて、疎ましげに焦れたるにほひなども、ことやうなり。御衣どもに移り香もしみたり。ふすべられけるほどあらはに、人も倦じたまひぬべければ、脱ぎ替へて、御湯殿など、いたうつくろひたまふ。

 昨夜のは、焼け穴があいて、気味悪く焦げた匂いがするのも異様である。御下着にまでその匂いが染みていた。嫉妬された跡がはっきりして、相手もお嫌いになるに違いないので、脱ぎ替えて、御湯殿などで、たいそう身繕いをなさる。

 木工の君、御薫物しつつ、

 木工の君、お召物に香をたきしめながら、

 「ひとりゐて焦がるる胸の苦しきに

   思ひあまれる炎とぞ見し

 「北の方が独り残されて、思い焦がれる胸の苦しさが

   思い余って炎となったその跡と拝見しました

 名残なき御もてなしは、見たてまつる人だに、ただにやは」

 すっかり変わったお仕打ちは、お側で拝見する者でさえも、平気でいられましょうか」

 と、口おほひてゐたる、まみ、いといたし。されど、「いかなる心にて、かやうの人にものを言ひけむ」などのみぞおぼえたまひける。情けなきことよ。

 と、口もとをおおっている、目もとは、たいそう魅力的である。けれども、「どのような気持ちからこのような女に情けをかけたのだろう」などとだけ思われなさるのであった。薄情なことであるよ。

 「憂きことを思ひ騒げばさまざまに

   くゆる煙ぞいとど立ちそふ

 「嫌なことを思って心が騒ぐので、あれこれと

   後悔の炎がますます立つのだ

 いとことのほかなることどもの、もし聞こえあらば、中間になりぬべき身なめり」

 まったくとんでもない事が、もし先方の耳に入ったら、宙ぶらりな身の上となるだろう」

 と、うち嘆きて出でたまひぬ。

 と、溜息ついてお出かけになった。

 一夜ばかりの隔てだに、まためづらしう、をかしさまさりておぼえたまふありさまに、いとど心を分くべくもあらずおぼえて、心憂ければ、久しう籠もりゐたまへり。

 一夜会わなかっただけなのに、改めて珍しいほどに、美しさが増して見えなさるご様子に、ますます心を他の女に分けることもできないように思われて、憂鬱なので、長い間居続けていらっしゃった。



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