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真木柱

第三章 鬚黒大将家の物語 北の方、子供たちを連れて実家に帰る    

5. 鬚黒、式部卿宮家を訪問     

 

本文

現代語訳

 宮に恨み聞こえむとて、参うでたまふままに、まづ、殿におはしたれば、木工の君など出で来て、ありしさま語りきこゆ。姫君の御ありさま聞きたまひて、男々しく念じたまへど、ほろほろとこぼるる御けしき、いとあはれなり。

 宮に苦情を申し上げようと思って、参上なさるついでに、先に、自邸にいらっしゃると、木工の君などが出てきて、その時の様子をお話し申し上げる。姫君のご様子をお聞きになって、男らしく堪えていらっしゃるが、ぽろぽろと涙がこぼれるご様子、たいそうお気の毒である。

 「さても、世の人にも似ず、あやしきことどもを見過ぐすここらの年ごろの心ざしを、見知りたまはずありけるかな。いと思ひのままならむ人は、今までも立ちとまるべくやはある。よし、かの正身は、とてもかくても、いたづら人と見えたまへば、同じことなり。幼き人びとも、いかやうにもてなしたまはむとすらむ」

 「それにしても、世間の人と違い、おかしな振る舞いの数々を大目に見てきた長年の気持ちを、ご理解なさらなかったのかな。ひどくわがままな人は、今までも一緒にいただろうか。まあよい、あの本人は、どうなったところで、廃人にお見えになるから、同じことだ。子どもたちも、どうなさろうというのだろうか」

 と、うち嘆きつつ、かの真木柱を見たまふに、手も幼けれど、心ばへのあはれに恋しきままに、道すがら涙おしのごひつつ参うでたまへれば、対面したまふべくもあらず。

 と、嘆息しながら、あの真木の柱を御覧になると、筆跡も幼稚だが、気立てがしみじみといじらしくて、道すがら、涙を押し拭い押し拭い参上なさると、お会いになれるはずもない。

 「何か。ただ時に移る心の、今はじめて変はりたまふにもあらず。年ごろ思ひうかれたまふさま、聞きわたりても久しくなりぬるを、いづくをまた思ひ直るべき折とか待たむ。いとどひがひがしきさまにのみこそ見え果てたまはめ」

 「何の。ただ時勢におもねる心が、今初めてお変わりになったのではない。年来うつつを抜かしていらっしゃる様子を、長いこと聞いてはいたが、いつを再び改心する時かと待てようか。ますます、奇妙な姿を現すばかりで終わることにおなりになろう」

 と諌め申したまふ、ことわりなり。

 とご意見申される、もっともなことである。

 「いと、若々しき心地もしはべるかな。思ほし捨つまじき人びともはべればと、のどかに思ひはべりける心のおこたりを、かへすがへす聞こえてもやるかたなし。今はただ、なだらかに御覧じ許して、罪さりどころなう、世人にもことわらせてこそ、かやうにももてないたまはめ」

 「まったく、大人げない気がしますな。お見捨てになるはずもない子供たちもいますのでと、のんきに構えておりましたわたしの不行届を、繰り返しお詫び申しても、お詫びの申しようがありません。今はただ、穏便に大目に見て下さって、罪は免れがたく、世間の人にも分からせた上で、このようにもなさるのがよい」

 など、聞こえわづらひておはす。「姫君をだに見たてまつらむ」と聞こえたまへれど、出だしたてまつるべくもあらず。

 などと、説得申すのに苦慮していらっしゃる。「せめて姫君にだけでもお会いしたい」と申し上げなさっているが、お出し申すはずもない。

 男君たち、十なるは、殿上したまふ。いとうつくし。人にほめられて、容貌などようはあらねど、いとらうらうじう、ものの心やうやう知りたまへり。

 男の子たち、十歳になるのは、童殿上なさっている。とてもかわいらしい。人からほめられて、器量など優れてはいないが、たいそう利発で、物の道理をだんだんお分りになっていらした。

 次の君は、八つばかりにて、いとらうたげに、姫君にもおぼえたれば、かき撫でつつ、

 次の君は、八歳ほどで、とても可憐で、姫君にも似ているので、撫でながら、

 「あこをこそは、恋しき御形見にも見るべかめれ」

 「おまえを恋しい姫君のお形見と思って見ることにしよう」

 など、うち泣きて語らひたまふ。宮にも、御けしき賜はらせたまへど、

 などと、涙を流してお話しなさる。宮にも、ご内意を伺ったが、

 「風邪おこりて、ためらひはべるほどにて」

 「風邪がひどくて、養生しております時なので」

 とあれば、はしたなくて出でたまひぬ。

 と言うので、不体裁な思いで退出なさった。



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