第四章 玉鬘の物語 宮中出仕から鬚黒邸へ
3. 玉鬘の宮中生活
本文 |
現代語訳 |
宿直所にゐたまひて、日一日、聞こえ暮らしたまふことは、 |
宿直所にいらっしゃって、一日中、申し上げなさることは、 |
「夜さり、まかでさせたてまつりてむ。かかるついでにと、思し移るらむ御宮仕へなむ、やすからぬ」 |
「夜になったら、ご退出おさせ申そう。このような機会にと、急にお考えが変わる宮仕えは安心でない」 |
とのみ、同じことを責めきこえたまへど、御返りなし。さぶらふ人びとぞ、 |
とばかり、同じことをご催促申し上げなさるが、お返事はない。伺候している女房たちが、 |
「大臣の、『心あわたたしきほどならで、まれまれの御参りなれば、御心ゆかせたまふばかり。許されありてを、まかでさせたまへ』と、聞こえさせたまひしかば、今宵は、あまりすがすがしうや」 |
「大臣が、『急いで退出することなく、めったにない参内なので、ご満足あそばされるくらいに。お許しがあってから、退出なさるよう』と、申し上げていらしたので、今夜は、あまりにも急すぎませんか」 |
と聞こえたるを、いとつらしと思ひて、 |
と申し上げたのを、たいそうつらく思って、 |
「さばかり聞こえしものを、さも心にかなはぬ世かな」 |
「あれほど申し上げたのに、何とも思い通りに行かない夫婦仲だなあ」 |
とうち嘆きてゐたまへり。 |
とお嘆きになっていらっしゃった。 |
兵部卿宮、御前の御遊びにさぶらひたまひて、静心なく、この御局のあたり思ひやられたまへば、念じあまりて聞こえたまへり。大将は、司の御曹司にぞおはしける。「これより」とて取り入れたれば、しぶしぶに見たまふ。 |
兵部卿宮、御前の管弦の御遊に伺候していらっしゃっても、気が落ち着かず、このお局あたりを思わずにはいらっしゃれないので、堪えきれずにお便りを申し上げなさった。大将は、近衛府の御曹司にいらっしゃる時であった。「そこから」と言って取り次いだので、しぶしぶと御覧になる。 |
「深山木に羽うち交はしゐる鳥の またなくねたき春にもあるかな さへづる声も耳とどめられてなむ」 |
「深山木と仲よくしていらっしゃる鳥が またなく疎ましく思われる春ですねえ 鳥の囀る(さえずる)声が耳に止まりまして」 |
とあり。いとほしう、面赤みて、聞こえむかたなく思ひゐたまへるに、主上渡らせたまふ。 |
とある。お気の毒に思って、顔が赤くなって、お返事のしようもなく思っていらっしゃるところに、主上がお越しあそばす。 |