第四章 玉鬘の物語 宮中出仕から鬚黒邸へ
4. 帝、玉鬘のもとを訪う
本文 |
現代語訳 |
月の明かきに、御容貌はいふよしなくきよらにて、ただ、かの大臣の御けはひに違ふところなくおはします。「かかる人はまたもおはしけり」と、見たてまつりたまふ。かの御心ばへは浅からぬも、うたてもの思ひ加はりしを、これは、などかはさしもおぼえさせたまはむ。いとなつかしげに、思ひしことの違ひにたる怨みをのたまはするに、面おかむかたなくぞおぼえたまふや。顔をもて隠して、御応へもえ聞こえたまはねば、 |
月が明るいので、ご容貌は言いようもなくお美しくて、まるで、あの大臣のご様子に違うところなくいらっしゃる。「このような方が二人もいらっしゃったのだ」と、拝見なさる。あの方のお気持ちは浅くはないが、嫌な物思いをしたけれど、こちらは、どうしてそのように思わせなさろう。たいそうやさしそうに、期待していたことと違ってしまった恨み事を仰せられるので、顔のやり場もないほどにお思いなさるよ。顔を袖で隠して、お返事も申し上げなさらないので、 |
「あやしうおぼつかなきわざかな。よろこびなども、思ひ知りたまはむと思ふことあるを、聞き入れたまはぬさまにのみあるは、かかる御癖なりけり」 |
「妙に黙っていらっしゃるのですね。昇進なども、ご存知であろうと思うことがあるのに、何もお聞き入れなさらない様子でばかりいらっしゃるのは、そのようなご性格なのですね」 |
とのたまはせて、 |
と仰せになって、 |
「などてかく灰あひがたき紫を 心に深く思ひそめけむ |
「どうしてこう一緒になりがたいあなたを 深く思い染めてしまったのでしょう |
濃くなり果つまじきにや」 |
これ以上深くはなれないのでしょうか」 |
と仰せらるるさま、いと若くきよらに恥づかしきを、「違ひたまへるところやある」と思ひ慰めて、聞こえたまふ。宮仕への労もなくて、今年、加階したまへる心にや。 |
と仰せになる様子、たいそう若々しく美しくて気恥ずかしいので、「どこが違っていらっしゃろうか」と気を取り直して、お返事申し上げなさる。宮仕えの年功もなくて、今年、位を賜ったお礼の気持ちなのであろうか。 |
「いかならむ色とも知らぬ紫を 心してこそ人は染めけれ |
「どのようなお気持ちからとも存じませんでした この紫の色は、深いお情けから下さったものなのですね |
今よりなむ思ひたまへ知るべき」 |
ただ今からはそのように存じましょう」 |
と聞こえたまへば、うち笑みて、 |
と申し上げなさると、ほほ笑みなさって、 |
「その、今より染めたまはむこそ、かひなかべいことなれ。愁ふべき人あらば、ことわり聞かまほしくなむ」 |
「その、今から思って下さろうとしても、何の役にも立たないことです。訴えを聞いてくれる人があったら、その判断を聞いてみたいものです」 |
と、いたう怨みさせたまふ御けしきの、まめやかにわづらはしければ、「いとうたてもあるかな」とおぼえて、「をかしきさまをも見えたてまつらじ、むつかしき世の癖なりけり」と思ふに、まめだちてさぶらひたまへば、え思すさまなる乱れごともうち出でさせたまはで、「やうやうこそは目馴れめ」と思しけり。 |
と、たいそうお恨みあそばす御様子が、真面目で厄介なので、「とても嫌だわ」と思われて、「愛想の良い態度をお見せ申すまい、男の方の困った癖だわ」と思うと、真面目になって伺候していらっしゃるので、お思い通りの冗談も仰せになれずに、「だんだんと親しみ馴れて行くことだろう」とお思いあそばすのであった。 |