第五章 鬚黒大将家と内大臣家の物語 玉鬘と近江の君
2. 十一月に玉鬘、男子を出産
本文 |
現代語訳 |
その年の十一月に、いとをかしき稚児をさへ抱き出でたまへれば、大将も、思ふやうにめでたしと、もてかしづきたまふこと、限りなし。そのほどのありさま、言はずとも思ひやりつべきことぞかし。父大臣も、おのづから思ふやうなる御宿世と思したり。 |
その年の十一月に、たいそうかわいい赤子までお生みになったので、大将も、願っていたようにめでたいと、大切にお世話なさること、この上ない。その時の様子、言わなくても想像できることであろう。父大臣も、自然に願っていた通りのご運命だとお思いになっていた。 |
わざとかしづきたまふ君達にも、御容貌などは劣りたまはず。頭中将も、この尚侍の君を、いとなつかしきはらからにて、睦びきこえたまふものから、さすがなる御けしきうちまぜつつ、 |
特別に大切にお世話なさっているお子様たちにも、ご器量などは劣っていらっしゃらない。頭中将も、この尚侍の君を、たいそう仲の好い姉弟として、お付き合い申し上げていらっしゃるものの、やはりすっきりしない御そぶりを時々は見せながら、 |
「宮仕ひに、かひありてものしたまはましものを」 |
「入内なさって、その甲斐あってのご出産であったらよかったのに」 |
と、この若君のうつくしきにつけても、 |
と、この若君のかわいらしさにつけても、 |
「今まで皇子たちのおはせぬ嘆きを見たてまつるに、いかに面目あらまし」 |
「今まで皇子たちがいらっしゃらないお嘆きを拝見しているので、どんなに名誉なことであろう」 |
と、あまりのことをぞ思ひてのたまふ。 |
と、あまりに身勝手なことを思っておっしゃる。 |
公事は、あるべきさまに知りなどしつつ、参りたまふことぞ、やがてかくてやみぬべかめる。さてもありぬべきことなりかし。 |
公務は、しかるべく取り仕切っているが、参内なさることは、このままこうして終わってしまいそうである。それもやむをえないことである。 |